ソラリスの時間 昭和見た見たワールド TV番組・TVアニメ・CM

ソラリスの時間

昭和(1960-80年代)の懐かしいモノ、ヘンなモノ満載!!! 脱力系 or ココロトキめくノスタルジックワールドへご案内〜!

肝付兼太さ〜〜ん!(≧Д≦) 

初めてテレビでラグビーを真剣に見て、同志社大学の選手達のスピーディーで華麗なプレイに魅せられたのは、高校生の時だった。
見事大学三連覇を達成した同志社大学は、1月の日本選手権で実業団日本一の新日鉄釜石と対戦、惜しくも破れるものの、社会人の方が学生よりも圧倒的に勝っているというこれまでの世間の先入観を揺るがす高い前評判に違わない実力を見せた。
その同志社大学チームの中心にいたのが、平尾誠二さんだった。

ラグビー日本代表チームの大活躍で昨年からラグビーに対する注目度が急激に高まり、そのきっかけとなったW杯の一連のゲームは素晴らしく感動に値するものだったが、この80年代の同志社大学黄金時代ほど、私がラグビーに夢中になった時代はいまだかつてない。 (by マナサビイ)


↑すみません。ちょっと気取って書き過ぎました

最近、また惜しい方の訃報が続いています。
平尾さんに続き、名優・平幹二朗さん。

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(時代劇「剣客商売」の一場面)

格好良くて才能があって、もっともっと生きて活躍してほしいと思っていた方ばかりが亡くなって行く。

ちなみに、平尾さんの誕生日は、私と同じ日です。


このブログでも、「これからの15〜20年は、私達世代にとってとてつもなく寂しい時代になる。なぜなら、いちばんテレビが元気で面白かった時代(=自分達の子供時代、青春時代)に活躍していた方々が引退されたり、お亡くなりになったりする時期を迎えるからだ」
という旨のことを以前に書きましたが、平尾さん、平幹二朗さんに引き続いての、あまりにも寂しい訃報が飛び込んで来ました。



987-127-2肝付さん追悼1

去年、ジャイアン役のたてかべ和也さんがお亡くなりになった時に弔辞(「ジャイアンのくせになぜ先に逝っちゃうんだよ〜」)を述べられていたばかりのに、1年後にはそのご本人がいなくなってしまわれるなんて・・・。



肝付兼太さんが声をやっていることを、子供の頃から知った状態で見ていたアニメ

・元祖天才バカボン(本官役) ・ドカベン(殿馬一人役)
・銀河鉄道999(車掌役)  ・ドラえもん(スネ夫役)
・トムとジェリー(トム役)



実は、私はちょっと変わった子供で(今でも変わった大人ですが)、なぜか番組のエンドロールで映し出される声優の出演者の方のお名前を見るのが好きでした。
もしかしたら、昔のアニメはエンディング曲にいい曲が多かったので、曲を聴くついでにエンドロールにも注目するようになったのかも知れません。

そういうこともあり、主な声優さんのお名前は自然に頭にインプットされやすかったのですが、特に肝付さんに関しては、メジャーではない読みにくい名字であったこと(いつも、何と読むのだろう?と思って見ていました)と、何よりもあの独特のお声から、お名前を明確に意識することにつながった気がします。

子供の頃にすでに「肝付さんが声をやっている」と知っていたものだけで5つですよ。

ここに声の主を知らずに見ていたものを加えると、なんとこれだけの数に↓↓↓
(※自分の記憶だけではモレが出て来ますので、肝付さんのwikiに掲載されているものの中で、自分が見ていたアニメを全て抜粋しました↓)



肝付兼太さんが声をやっていることを、知らない状態で見ていたアニメ

・巨人の星  ・リボンの騎士 ・アタックNo.1(一の瀬の父) 
・カムイ伝(セッパ、ハヤネ) 
・ハクション大魔王(バスの運転手、牛、車掌、馬主、執事)
・あしたのジョー(ヒョロ松)
・アンデルセン物語(コガネ虫、ライオン 他)
・国松さまのお通りだい(伊野) 
・新オバケのQ太郎(日本テレビ版)(西郷強〈ゴジラ〉
・天才バカボン(中村くん、寝ていた男 他) ・ふしぎなメルモ(神様C)
・海のトリトン(カル) ・樫の木モック(コオロギ) 
・ど根性ガエル(桜) ・けろっこデメタン(ヒゲ爺さん)
・ドラえもん(日本テレビ版)(剛田武〈ジャイアン〉) 
・侍ジャイアンツ ・山ねずみロッキーチャック(テンのハリー) 
・アルプスの少女ハイジ(セバスチャン) ・カリメロ(ピーター)
・グレートマジンガー(妖爬虫将軍ドレイドウ) ・昆虫物語 みなしごハッチ
・はじめ人間ギャートルズ(父ちゃん) ・小さなバイキングビッケ
・ガンバの冒険(イルカ) ・タイムボカン(モンドール、友田博士、小悪魔)
・みつばちマーヤの冒険(白アリ) 
・キャンディ・キャンディ(アリステア・コーンウェル)
・ポールのミラクル大作戦(かげろうの精)
・ろぼっ子ビートン(オー・ヘンダー、ヌマッシーちゃん、スリ、ゴリラ、医者 他)
・一発貫太くん(山田) ・野球狂の詩(甚久寿)
・ヤッターマン(ヨクババ、ミニックイ、お爺さん、老人、魔女)
・ルパン三世 (TV第2シリーズ)(ホセ警部、ペンギン警部、ポット博士、バッキンガム、顧問弁護士)
・海底超特急マリンエクスプレス(シャラク)
・サイボーグ009(1979年版)(007/グレート・ブリテン)
・ゼンダマン(ギケー老師、こぶとりじいさん)
・うる星やつら(仏滅高校総番、幸福の青い鳥、ドラキュラ伯爵、マスターカッパ、小悪魔、老主人)
・ときめきトゥナイト(ブルドッグ) ・南の虹のルーシー(デイトン)
・魔法の天使クリィミーマミ(ネガ)


最後に挙げた3作品に関しては、「ときめき〜」と「南の虹〜」は途中で見なくなり(アニメを卒業する年齢だったんでしょうね)、「クリィミーマミ」は従妹の子守りで一緒に見ていたアニメなので、自分が好きで見ていたものではありませんが、見ていた事には変わりないので挙げました。

アニメ声優さんの中でも断トツと言っていいぐらい、エンドロールの中でお名前を拝見する機会が多いとは昔から感じていましたが、やはりその印象通り、こんなに多くのアニメに出演をされていたんですね!
私が見ていたアニメだけでもこれだけの作品数にのぼりますし、ほとんど見ていないので挙げなかった「アンパンマン」「怪物くん」「忍者ハットリくん」「キテレツ大百科」「おそ松くん」といった人気アニメではどれも主要キャラのお声をされていたのですから、その声優としての実績は数えきれません。
しっかり見た事がないにもかかわらず、おそ松くんの「イヤミ」の声は、もはや肝付さん以外の声優さんでは考えられないぐらいにイメージが定着しています。


987-127-2肝付さん追悼2


wikiで見た中には、「え?あの声も肝付さんがやっていたのか〜!と意外だった役もありました。

「アタックNo.1」の「一の瀬の父」の役しかり(ツトムくんのお父さんということですよね?)、「キャンディ・キャンディ」の「ステア役」しかり(テリィ役の富山敬さんのお名前は非常に印象に残っていたのに)、「ドラえもん」(日テレ系)の「ジャイアン」役しかり。

そう、ドラえもんのスネ夫役で最も有名な肝付さんですが、忘れてはならないのが、1973年に放送されていた最初の日テレ系の「ドラえもん」では、なんと「ジャイアン」役を演じておられたということです。
私はこの時のドラえもんを見ていた記憶がうっすらと残っているのですが、ジャイアンの声をされていた記憶はなかったので、これを見てそうだったのか〜 と思いました。

他に、ハイジのセバスチャン役については、wikiに記載されているのを見て、「あ〜〜」と一気に記憶が蘇り、セバスチャン役をされている時のお声、話し方なども思い出しましたね。
ギャートルズのお父さん役、これも言われてみれば・・・で、懐かしい!!



ご自身のTwitterアカウントを「tonoma_zura_」(殿馬ずら)で取得されていたという、肝付さん。


ドカベン

私がいちばん好きだったのも、実はドカベンの殿馬の役です。
あのイチロー選手も、殿馬のファンだったという。
肝付さんも、とんまちゃんの役が気に入っておられたのかなあ・・・

これから先も決して忘れることのない、大好きだった声優さん。
子供時代のかけがえのない楽しい時間と想い出を本当にありがとうございました!




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[ 2016/10/26 00:23 ] 昭和見た見たワールド TV番組・TVアニメ・CM | TB(0) | CM(19)

昭和の「NHKのど自慢」の、懐かしあるあるラインナップ♪ 

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↑「この方のお顔を見たの、何十年ぶり?! 」という方もいらっしゃるのでは?
1970年〜87年にかけて、日曜お昼の「NHKのど自慢」の司会をされていた、金子辰雄アナウンサーです。
金子さんが司会をされていた時期は、私が、というかわが家がのど自慢を見ていた時期とピッタリと重なります。

今日は、70〜80年代の懐かしいのど自慢の様子を、曲目とそれを歌う素人出場者の「あるある」ラインナップでカンタンに懐古してみたいと思います♪ 
「あるある」を立証する、適当な動画があればもっと良かったんですけどねえ。ショボくなるかも知れませんが、スミマセン


1番 「あんたのバラード」(世良公則&ツイスト)(歌唱者・・・20代前半〜半ばの会社員の男性)
★世良さんのアクションをオーバーに真似をしながら歌う、若い男性出場者。トップバッターはこういう勢い勝負系の若い男性の方、多いイメージがなかったですか?

2番 「津軽海峡冬景色」(石川さゆり)(歌唱者・・・30〜40代の主婦)
★私が見ていた時代は、まず、毎回ひとりはこの曲を歌う人がいたような気がする。

3番 「春一番」(キャンディーズ)(歌唱者・・・20代〜30代前半の保母さん、または幼稚園の先生の3人組。ほとんど歌わないが、パフォーマンスで後ろに2、3人くっついてくる時もあり)
★私の印象では、保母さんや幼稚園の先生がこの曲を歌っていたイメージがとても強いんです。
そして、大抵、運動会やお遊戯会の時に作るようなお揃いの小道具をみんなで持って元気に登場(笑) 
客席には、「せんせい、がんばって!」などの手作りの横断幕などを持った他の職員さんや子供達がいるのもお決まり。

4番 「嫁に来ないか」(新沼謙治)(歌唱者・・・20代半ば〜30代前半の、収録会場のある地元の町内に住む男性)
★こういう結婚にまつわる歌を歌う出場者は、歌唱後に金子アナと結婚絡みのトークがひとこと、ふた言、行われる事が多かった。「今、花嫁募集中です!」とか、「もうすぐ挙式で、今客席に彼女が応援に来ています(照)」など。

5番 「岸壁の母」(二葉百合子)(歌唱者・・・60代以降のおばあちゃん)
★この頃は、戦争体験者の方がまだ非常に多く存命していた時代。当時の私の祖母よりも少し年上のおばあちゃんがこの歌を歌っているのをよく見た。
今思うと、せつないなあ・・・

6番 「マイ・ウェイ」(フランク・シナトラ)(歌唱者・・・40〜50代の、自営業or専門職風中年男性)
★こういう系統の歌を、高らかに自信タップリに歌い上げる方も、時々お見かけしましたね。

7番 「待つわ」(あみん)歌唱者・・・10代後半〜20代前半の若い女性)
★この曲も、のど自慢でかなり頻繁に聞いたイメージがあります。
女子高生から若いOLまで、様々な女子がペアでハモリを聴かせていましたよね。

8番 「兄弟舟」(鳥羽一郎)(歌唱者・・・地元の漁師さん)
★収録会場が海沿いの漁港町だった場合、大抵、この歌を歌う漁師さんが登場した。
♪波の谷間に命の花がぁ〜 ふたつ並んで咲いているぅ〜♬
これと同じような趣旨で、歌われていたのが、村木賢吉さんの「おやじの海」

9番 「涙のリクエスト」(チェッカーズ)(歌唱者・・・10代後半の男子高校生)
★男子高校生が歌ってたイメージ。卒業を控えて、部活の仲間や友達と一緒に出場するシチュエーション。当時流行ってたフミヤ・カット的な髪型だけでなく、衣装や振り付けも揃えてたりして(笑) 学ランで出てるグループもあったような。

10番 「南部牛追唄」(日本民謡) (歌唱者・・・10代〜80代の、民謡を日頃から歌っている老若男女)
★今はどうなのか知りませんが、当時は、出場者中にかならずひとりは民謡を歌う方がおられた気がします。
民謡というと年配の方のイメージがあると思いますが、出場者の年齢層は幅広くて、それこそ将来は歌手を目指してる風の実力派高校生から、金子アナにフォローされて歌い始めるお年寄りまで。
一時期、民謡ブームもありましたからね(金沢明子さんとか原田直之さんとか)。


11番 「銀座の恋の物語」(石原裕次郎/牧村旬子)(歌唱者・・・30代後半〜50代の中高年夫婦)
★銀恋だけではなくて「もしかしてPARTⅡ」「居酒屋」「浪花恋しぐれ」等等の、大人のデュエットソングを、夫婦で出場して歌っておられるシーンも多々見かけました。
歌唱後に金子さんに訊かれた時に、「今日が結婚記念日なんです」とか「今年、銀婚式を迎えます」などのコメントが。
「昭和枯れすすき」もよく聴いた気が(笑)

12番 「つぐない」(テレサ・テン)歌唱者・・・20代〜40代の女性)
★テレサ・テンさんの曲はバブル期ぐらいまでは女性のカラオケ定番曲で、当時の私達のような小娘から中年女性までが好んで愛唱していました。
のど自慢でも、歌うま系のOLさん、主婦さん、スナック勤務のお姉さん・・・などなど幅広い層の方が歌っていたように思います。

13番 「もしも明日が」(わらべ) (歌唱者・・・20代〜30代のナースさん、介護施設職員さん)
★3番の「春一番」同様、職場の同僚の女性が何人かで出場して歌う事が多かった印象の曲。
保母さん、幼稚園の先生以外にも、ナースさんや老人施設の職員さんなどもグループでよく出場されていました。
エプロン姿だったり制服だったり、仕事をする時の服装でたいてい出場されていましたよね。

14番 「また逢う日まで」(尾崎紀世彦)(歌唱者・・・30代〜50代の男性)
★楽曲の雰囲気的にも、6番の「マイ・ウェイ」と少しイメージが重なる歌唱者層ですが、こちらの方がマイ・ウェイよりは若干、年齢層が若めでまだハツラツ感もあった(^^;)
歌唱力に自信のある人が歌うことが多く、合格の鐘が鳴る確率が高かった気がします。

15番 「勝手にしやがれ」(沢田研二)(歌唱者・・・20代男性)
★ジュリー風の派手なパフォーマンス付きで歌われることが多く、会場も手拍子で盛り上がりました。

16番 「柔」(美空ひばり)(歌唱者・・・40代~60代のカラオケ好き(ひばりファン)の中高年女性)
★今では美空ひばりさんといえば「川の流れのように」が代表曲のような扱いになっていますが、まだこの曲が発売されていなかった80年代半ばまで、のど自慢で歌われることが多かったのが「悲しい酒」とこの「柔」
ひばりさんの曲をチョイスする人は、アマチュアのカラオケサークルに所属していたりすることも多く、この日のために新調したきらびやかな衣裳で登場したり、客席にもサークル仲間が横断幕を持って駆けつけて応援するシーンが映し出されていました。

17番 「カナダからの手紙」(平尾昌晃&畑中葉子)(歌唱者・・・20代~30代の男女ペア)
★夫婦で歌われることが多かった11番の銀恋などのムード歌謡のデュエットに比べて、兄妹、いとこ同士、先輩後輩、結婚前のカップルなど、様々な関係のペアに歌われていませんでしたか?
さまざまな関係性ということでは、男男ペアで歌う「あずさ2号」もよくあるパターンでした。

18番 「瀬戸の花嫁」(小柳ルミ子)(歌唱者・・・20代の結婚が決まった女性)
★2番の「嫁に来ないか」の女性パターンで、近々結婚予定の若い女性が歌っていた。
百恵ちゃんの「秋桜」を歌うパターンもありましたが、「瀬戸の花嫁」の方がご当地感が強く、のど自慢的だった気がします。

19番 「北国の春」(千昌夫)(歌唱者・・・30代後半~70代の北国出身の男性)
★のど自慢で完全に定番化していた曲。
東北や北海道での収録時はもちろん、都会に出て来ている北国出身の中高年の方々が歌っていましたっけ。
千昌夫さんばりのコートにトランクケースの扮装で登場する方も結構多かったですよね。
鐘が鳴った後で、金子アナに勧められ、テレビ越しに故郷の親族へ「やったよ〜!」等の語りかけをしていた姿も微笑ましい、のど自慢ならではのシーンでした。

20番 「君といつまでも」(加山雄三)歌唱者・・・20代〜50代男性)
★結婚を控えた男性や、新婚の男性、愛妻家アピール?(笑)の男性が歌っていた。
途中で入る『幸せだなあ。僕はキミといる時がいちばん幸せなんだ。僕は死ぬまでキミを離さないぞ。いいだろ?』
というセリフが盛り上がりの大きなヤマ場でした。
客席には、奥さんや彼女が見に来ている事も多かったですね。

21番 「おもいで酒」(小林幸子)(歌唱者・・・20代〜40代の歌うま女性)
★地元のカラオケ・スナックやカラオケ・ラウンジで歌い込んでいる歌うま風の女性の出場者は、演歌をチョイスする事が多かった時代。
八代亜紀さんの「舟唄」「雨の慕情」、森昌子さんの「越冬つばめ」「哀しみ本線日本海」あたりも頻繁に歌われていた気がします。このあたりの唄は、鐘が鳴る確率も高かったですね。

22番 「青春時代」(森田公一とトップギャラン)(歌唱者・・・20代後半〜30代の教師)
★地元の小中高校の先生も、時々お出になっていました。客席には、保母さんや幼稚園の先生達と同様、「○○先生、ガンバレ!」の横断幕を持った、生徒や職員、保護者の応援団が。
演歌よりも、こういった若々しいポップスやフォーク系の歌を歌われている事が多かったイメージです。
「青葉城恋唄」「贈る言葉」あたりも先生が歌ってたような勝手なイメージがある(笑)

23番 「俺ら東京さ行くだ」(吉幾三)(歌唱者・・・30代〜40代の地元に定住している男性)
★東京への憧れを歌っているようで、実はローカル愛に満ちた歌ということもあってか、生まれてからずっと地元に住む男性が会場を明るく盛り上げる感じで歌っておられたようなイメージ。
消防団、青年団などの地域活動に従事している方、地元のお店の店主さんや従業員の方などが歌っておられたような、これまた非常に勝手なイメージです(笑)



「のど自慢」の出場者が1回あたり20名程度ということで、昭和ののど自慢を見ていた時の「あるある」を考えながら、これぞ「昭和ののど自慢」的な出場者と歌唱曲のラインナップを挙げてみました(笑)
金子さんが司会しておられた、70〜87年のあるあるですので、その点ご了承あれ、
他にものど自慢でよく耳にした曲は、たくさんあるんですけどね〜。当時はヒット曲も多かったですから、


多分、現在にも通ずる「のど自慢」のあるあるとして、

○ その回のゲスト歌手の持ち歌を歌う人が、かならず一人は出場する(歌の後の講評を、歌手本人からもらえる)
○ その地元、地方をテーマにした曲(上記ラインナップの中でいうと、「津軽海峡冬景色」「瀬戸の花嫁」「青葉城恋唄」など)は選ばれやすい。


といったものもありますネ

あと、これも。
○ 曲名を言う前に、服装、衣装で、その人が何を歌うのかがわかる場合が結構ある(笑)
(「北国の春」、昔のピンクレディーの曲、など^^)





↑youtubeで見つけた、昭和58年にのど自慢を視聴している時の一部音声。
「おゆき」(わかりますか?将棋の内藤九段が歌っておられたヒット曲です)を歌っている出場者もいたりして懐かしい。。。


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10年ぐらい前になるでしょうか、「のど自慢」という、室井滋さん主演の「NHKのど自慢」の現場を舞台にした映画がTV放映されたのを見ました。

映画のメインストーリーはもちろん架空のものですが、実際の「のど自慢」の収録現場を取材した時の様子もストーリーに反映されていて、単に予選会で選ばれた出場者が本番で自分の歌を歌ったらそれで終わり、というのではなくて、出場者同士の連帯感や絆が生まれたり、みんなで助け合ったり励まし合ったりして番組を作ろうという一体感が実際の現場でもできあがっていくようなのです。
それを知った時には驚きましたね
その場限りの素人の出場者のはずなのに、こんなに親しくなって連帯感が生まれるのか!と感動的ですらありました。
中には、これがご縁で結婚された方まで現実にはいらっしゃったようです。

最初に載せた金子さんの昔の著書にもそういう、収録現場で実際に起きたハートウォーミングな人間ドラマが書かれているようです。
図書館にもあるようですし、昭和という時代を回顧する意味でも読んでみたいと思います。



・・・というわけで、今日は私の頭の中にある、昭和の「NHKのど自慢」あるあるをちょっと並べてみました
いつもおつきあいいただき、ありがとうございます(笑)

それでは、また☆



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[ 2016/07/29 23:45 ] 昭和見た見たワールド TV番組・TVアニメ・CM | TB(0) | CM(10)

大橋巨泉さんの訃報 

今日は他の記事をスタンバイさせていましたが、急遽差し替え。
先日の永六輔さんに続いて、大橋巨泉さんがお亡くなりになりました。





巨泉さんが司会していた番組、次々に思い浮かんで来ますよね。
まず、「クイズ・ダービー」

「クイズ・ダービー」があった土曜日は、「まんが日本昔ばなし」→「クイズ・ダービー」→「全員集合」(80年代は「ひょうきん族」を見ることが多くなった)→「Gメン」(「ちょっとマイウェイ」を見てた時期もあったり) と3時間ぶっ通しでテレビの前に座っていました。
ナイターがある時は、そっちを見ることも多かったですが。
以前ブログでも取り上げましたが、「クイズ・ダービー」の前に放送していた巨泉さん司会の「お笑い頭の体操」も幼児ではありましたが、断片的に覚えています。

この動画は最終回ということで、番組の歴代解答者がチーム側でも出演されています。懐かしい!!
私は篠沢教授や、はらたいらさんの前の黒鉄ヒロシさんも好きでしたよ。






「世界まるごとHOWマッチ」
同時代に放送されていた「なるほど・ザ・ワールド」や「ショーバイショーバイ」共々、日本とは異なる世界の価値観や文化を見られるのが面白かったです。
それと、何と言っても石坂浩二さんやたけしさんとの面白い絡み
ケント・デリカットさんやケント・ギルバートさん、チャック・ウィルソンさんなども、この番組からお馴染みになったのでは?

「クイズ・ダービー」の解答者もそうでしたが、巨泉さんの番組って、出演者に「大人の知性」を感じる方が多かったなあと今になって振り返ると思います。
今よくあるニュース解説番組のような、いかにもタメになりますよ的なスタンスの番組ではなかったけど、出演者、繰り広げられる会話などすべてにおいて何気ない大人のインテリジェンスと遊び心が感じられました。

この前の「昭和の占い師」の記事を書いた時も感じていたのですが、この時代のテレビのキーワ−ドは「大人(オトナ)」と「遊び心(自由と知性がないと生まれない)」だった気がします。



もうひとつ忘れてはならないのが「11PM」
コドモでしたので、私は上記2番組ほどは見ることはありませんでしたが、お色気系の風俗ネタ、心霊、UFO、宇宙人などのムー的なネタから、麻雀やギャンブルなどの遊興、政治的な硬派ネタまで幅広いトピックを扱っていたようです。(「いたようです」というのは、私の印象にあるのは、お色気系とムー系ぐらいなので^^;)

出演者も皆さん、アダルトな方ばかりで、これこそ「大人(オトナ)」と「遊び心」の要素満載の番組でした。
そしてそれは、同時にコドモにとっても好奇心と興味をかきたてられる世界だった(笑)
11時という時間が、コドモにとっては高いハードルでもあったのですが。

巨泉さんが司会していた頃、特に70年代の11PMの再放送を見たいですね。
「11PMは(当時タブーだった裏文化などをとりあげ、それが斬新だったゆえに人気を博したという点で)70年代の番組だった」と巨泉さん自身もおっしゃっています。



11PMに限らず、ワイドショーや2時間サスペンス、再放送のドラマでもベッドシーンやヌードシーンが放送され、お笑いやバラエティー番組では、今ではコンプライアンス的に考えられないようなハチャメチャな演出が日常的に行われていた。
PTAのやり玉に上がっていた「全員集合」や「ひょうきん族」でさえ、外部のクレームによって内容変更や放送終了に追い込まれることはなかったし、ドラマでもトーク番組内でも、出演者は当たり前のようにスパスパ煙草を吹かしていた。

不健全を容認できる社会であったことが、実は逆に健全であったんでしょうね。
そんな時代にテレビの中で輝き、またそういう時代を作ったおひとりでもあったのが巨泉さんだった。
巨泉さんのようなテレビの黄金期を築いた人たちが果敢にどんどん広げて行った間口や可能性が、どんどん萎縮して狭まって行っているのが残念でならず、だからこそよけいにこのような方の訃報を聞くと寂しい気持ちになるのかなと思います。

タキシードに蝶ネクタイ姿も、昭和の司会者の典型的な装いでしたよネ
お茶の間に、楽しい時間を提供してくださった巨泉さんに感謝



(追記)

昨夜の金スマで、昨年放送された、巨泉さんの「クイズダービー」の30年ぶりの復活司会のシーンを見ました。
巨泉さんの司会ぶりが、昔見ていた頃とほとんど変わらなかったこともそうですが、今見るとその職人技のような巧さが大人目線で見ても本当によくわかり、プロとしての気概も伝わってきて、自分でも驚きましたが鳥肌がたつぐらい感動してしまいました。 

昨夜は、NHKの「歴史秘話ヒストリア」を見て、1970年の大阪万博当時の関係者の人々の熱さとチャレンジングな精神に感銘を受けた直後に、この金スマの巨泉さん特集。(その後「ドキュメント72時間」 昭和通ならではの3連チャン(笑))
当時の私は完全に幼児・子供だったけれど、叶えられるものなら大人として70年代に戻ってみたいと、心底そう思います  11PMももっと見れますから(一応女性ではありますが笑)




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[ 2016/07/23 02:13 ] 昭和見た見たワールド TV番組・TVアニメ・CM | TB(0) | CM(16)
プロフィール

MANASAVVY(マナサビイ)

Author:MANASAVVY(マナサビイ)
昭和40年代、岡山県生まれ。大阪在住。
昭和カルチャー以外にも、旅、写真、グルメ、 読書、映画、TV、野球観戦、超科学や超古代文明(ムー的なトピック)が好き。 ブログの内容からか男性と間違われる事が多々ありますが、女性です。
「佳後 マリ子」の名で、レトロ旅ライターとして取材・執筆活動を行っています。

写真と記事の無断転載を禁止します。
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