ソラリスの時間 マナサビイの東京虹色紀行(2)〜多摩地区にある昭和のドラマロケ地を巡ってきました〜♪その2
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昭和(1960-80年代)の懐かしいモノ、ヘンなモノ満載!!! 脱力系 or ココロトキめくノスタルジックワールドへご案内〜!

マナサビイの東京虹色紀行(2)〜多摩地区にある昭和のドラマロケ地を巡ってきました〜♪その2 

前回の続き、東京多摩地区での、特撮を主とする昭和ドラマロケ地めぐりの様子をお伝えします。
といいつつ、前回は聖蹟桜ヶ丘ということで、ジブリの要素もかなり大きかったですが。


多摩団地1

「公社多摩川住宅」に行って来ました。
東京都調布市と狛江市にまたがる団地で、着工は1964(昭和39)年、完成は1968(昭和43)年。


多摩団地4

こちらの団地は「ウルトラマンシリーズ」のロケ地として有名な団地で、「ウルトラセブン」「ウルトラマン」「ウルトラマンA」「ウルトラマンタロウ」「ウルトラマン80」など、数々の場面で登場しています。
また、ウルトラマンシリーズほどではありませんが、「仮面ライダー」シリーズにも登場するようです。

実は私、この団地を訪れるのが前身のブログを始めた11年前からの悲願(といったら大袈裟ですが^^;)でもありました。
ブログを始めた頃というのがにわかに団地鑑賞、団地マニアの存在が脚光を浴び始めた頃でもあるのですが、私も高度成長期に建設された団地が気になり始めていた時期で。 

その中でもこちらの団地は、ウルトラマンに登場していた団地という以上に(そのイメージも少なからず影響したのかも知れませんが)、より近未来的な、いわゆるレトロフューチャーな趣が感じられる団地としての強いイメージがありました。
とある雑誌に掲載されていた、高い位置からの数棟以上の棟が映された写真が、クールで圧巻だったのです。

この団地がよりSF・近未来的に感じられるのには、5基もの給水塔が団地内にあるということも関係しているかも知れません。
そして、その給水塔の形がまた、シンプルでありながらどこか浮遊感みたいなものを感じさせる形であるところも大きいかと。 いかにも昭和のSFドラマや特撮に登場する雰囲気がありません?この給水塔自体が。 


多摩団地3

雑誌にあった写真のような上空・高所からの写真は撮れないため、一見すると平凡な団地に見えてしまうかも知れませんが、まさに昭和40年代前半、1960年代後半という時代を象徴する「マンモス団地」であることは確かで、この頃の時代が大好きな私は香ばしい匂いを全身で受け止めんとばかり、熱心に歩き回っておりました(笑)

ここはモロに多摩川ベリなので、多摩川の対岸にある高層マンションからだといい写真、撮れそうだなあ。



多摩川住宅から多摩川に出て、堤防沿いに南にしばらく歩くと、次の有名ロケ地が現れます。写真奥側が、団地のあった方向。

松6

松1

「狛江の五本松」。

堤防沿いに数本以上の大きな松の木が植えられている場所ですが、ここも実は昭和ドラマのロケ地として知られた場所です。
こちらに関しては、特撮に限らず、時代劇、青春ドラマなどにも使用されており、ジャンルが広範囲であることが特徴。 川沿いの松林の風情というのは、確かに時代劇にもピッタリですよネ。
「多摩川50景」、さらには「新東京百景」にも選ばれているそう。

私がここの風景を見てすぐに思いついたのは、青春ドラマ。
「ゆうひが丘の総理大臣」のロケが行われていたと聞いて、なるほどーと思いました!
特定の回の記述がなされているブログも拝見しましたが、それも含めて、生徒らがなにげにたむろしたり、川に石を投げて気を紛らわせるみたいなことをやっているのが、もしかしてこの場所なんじゃないか?とふと思ったのですが。
見覚えのある景色なんですよね〜。

松2

↑この角度からの景色が特に見覚えある。 記憶違いかも知れないし、他のよく似た場所であるのかも知れないのですが。
さらには、ゆうひが丘とはまたべつの青春ドラマであったかも知れませんが。


松3

具体的な番組名でいうと、「ゆうひが丘ー」の他には、「走れケー100」、「ハレンチ学園」、「シルバー仮面」、そしてやはりというべきか、「ウルトラセブン」「帰ってきたウルトラマン」「ウルトラマンタロウ」「ウルトラマンレオ」「ウルトラマン80」・・といったウルトラマンシリーズでも使用されている模様。
特にレオでは非常に多くの回で登場するようです。 
私はウルトラマンシリーズでいうと、レオぐらいまではしっかり見ていたので、きっとこのあたりの風景も、ブラウン管ごしに何気に見ていたんだろうなぁ。

時代劇では、どんな作品がここで撮影されているのかわからなかったのですが、何となく「水戸黄門」、「暴れん坊将軍」あたりかな? と勝手に推測(笑) 2つのドラマとも、なにげに「松林」が似合うでしょ(笑)
青春ドラマでいうと、ゆうひが丘やあさひが丘よりも古い「飛び出せ!青春」あたりでも、このあたりが使われていそうに感じます。

多摩川にはこの対岸にあたる調布市側の方にも「五本松」があるらしいので、もしかしたらそちらの五本松と情報が混同しているものもあるかも知れませんが。



さあ、お次は、またまた特撮御用達の有名ロケ地へ☆

水道局1


川崎市多摩区にある、「長沢浄水場」
こちらも、主にウルトラマンシリーズ、仮面ライダーシリーズやゴレンジャーの中で、かなり多く登場している場所のようです。
↓以下、wikiより引用。

その独特の雰囲気と東宝スタジオ(東宝砧撮影所)及び東映生田スタジオ(東映東京制作所生田支社撮影所/1971年 - 1979年閉鎖)から近いこともあって、特撮作品のロケ地として多く用いられた。
具体的には、映画『宇宙快速船』の冒頭シーン、ウルトラシリーズ(『ウルトラマン』にて、初代バルタン星人に占拠された科学センターという設定)、仮面ライダーシリーズ(『仮面ライダー』にて、主人公・本郷猛が通う生化学研究所という設定)、スーパー戦隊シリーズの『秘密戦隊ゴレンジャー』などである。


月宇宙船建設センター、ミサイル基地等々としても使用されているようですし、「ケンちゃんトコちゃん」での先生の結婚式の会場としても使用されているそう。

長沢浄水場と呼ばれていますが、「東京都水道局長沢浄水場」と「川崎市上下水道局長沢浄水場」とが道一本隔てた場所に併設されており、上の写真は東京都水道局の施設。


水道局4

水道局3

で、こちらが川崎市上下水道局の施設。 上が浄水本館、下が浄水管理棟の建物。
浄水管理棟の方は敷地内が工事中でフェンスなどがあったこともあり、こういう写真しか撮れなかったのですが、東京・川崎どちらの施設も近未来風の独特のフォルムの建物ですよね!^^  これは確かに、特撮の舞台に向いている!!


東京都水道局の方の建物は、1957年(昭和32)年に完成。 日本武道館や京都タワーの設計で知られる山田守氏という建築家の方の設計だそうです。 京都タワーもレトロフューチャーな雰囲気に溢れた外観なので、納得しました。
京都タワーは1964年に完成しているので、それよりも前に作られた施設だったのですね。

施設の内部も、当時の意匠のままで大部分が残っているようですから、特撮云々は抜きにしても、見学したら楽しそう!
当時のモダン建築を堪能できますよね♪(この日は内部見学はしておりません。予約するだけで簡単にできるものなのかどうかも不明)


川崎市の方の建物の設計者はよくわからないのですが、この建物の形状からして、1950ー60年代に建設されたものではないかと推測。 通水が1954(昭和29)年とwikiにはあったので、その頃からある建物の可能性が大きいですよね。

もしもその後建て直されたものだとしても、高度成長期に建設された建物であることはこの近未来的なフォルムからして間違いないのでは?と個人的には思っています。

水道局5





そして、多摩地区ロケ地めぐりの最後はーーー

弘法の松公園1

川崎市の百合ケ丘にある、「弘法松(こうぼうのまつ)公園」
写真左の階段を昇った先、やや小高い場所にある小さな公園です。


弘法の松公園2


弘法の松公園3


この公園は、1961年に森繁久彌氏主演で大ヒットした映画「駅前団地」のロケ地、70年代に入ってからは「仮面ライダー」や、映画版の「仮面ライダー対ショッカー」、「ウルトラマン」、80年代に入ってからは「西部警察」のロケ地として使用されたことがあるようなのですが、やはり私としては、昨年DVDで見た「好き!すき!!魔女先生」のオープニングシーンの場所の印象がとても強いのです。


987-127-0aすきすき魔女先生2


987-127-0aすきすき魔女先生3

昨年3月のブログでも書きましたが、ここに映し出されているまだまだ開発途上だった当時の町の景色、夕日と思われる光の色、先生や子供達が無邪気に坂を駆け上がってくる姿の演出、すべてがあの頃を象徴しているもののような気がして、私にとっては珠玉のオープニングシーンとして心に刻まれています。

今回ロケ地巡りを思いついた時に、いちばん来たかったのが公社多摩川住宅とこの場所なのです。
あの見晴らしのいい公園から、あの頃のような景色がまだ少しは見られるといいなーー。開発が進み、街の姿が当時とは変貌していることがある程度わかっていても、ロケ地巡りとなればここを外すわけにはいかなかった。


弘法の松公園5

ところが来てはみたものの、背後の街の風景のみならず、当時とは公園の樹木の様子なども変わっていて(当時はあった大きな松の木がない、周りの樹木が当時よりも背が高くなり生い茂っている気がする)、どこがみんなが駆け上がって来た地点なのかがわからないw


弘法の松公園4

こんな階段はあるけど・・・。ここを上がってきたのか?


弘法の松公園6

鉄塔との位置関係などから、何とか推理しようとするもわからず。 かぐや姫先生の真後ろに鉄塔が映っているけれど、ということはここよりももうちょっと右の地点から駆け上がってきたということか? 先生の上がって来ている場所と子供達の上がっている場所とは違っていたということなのかな?


はるばる念願のロケ地を訪れたにもかかわらず、駆け上がり場所を特定することが自分の能力ではかなわずガッカリしていたら、後日、「好き!すき!!魔女先生」のブログ記事を見てコメントを下さった「やかちゃん」さんが、こんな写真を送ってくださいました。


弘法の松公園9やかちゃんさん

わ?!ここだー!! 
上のお写真、鉄塔の位置もさることながら、鉄塔の右に見えるこんもりとした森のような場所の位置関係がピッタリ合っていますね!


弘法の松公園10やかちゃんさん




桜が咲いている弘法松公園、キレイですねー!

やかちゃんさん、ありがとうございます!!
家が近かったら、この写真をスマホで見ながらもう1度確認しに行きたいところなのですが・・・。


やかちゃんさんは、「好き!すき!!魔女先生」の第一話に登場した、東京都稲城市の平尾団地の写真も送ってくださいました。

弘法の松公園11やかちゃんさん


弘法の松公園12やかちゃんさん

これ、ご覧になっている方ならおわかりですよネ^^  
最初の写真は、子供達が車にペンキで落書きをしていた場所、下はかぐや姫先生が魔法で子供達が描いた落書きを消すシーンで立った、平尾団地の屋上。





↓そして、こちらは第2児童公園
こちらも私は行っておりませんが、月先生がハーモニカを吹くシーンで出てくる場所で、バックの日よけが今も残存しているようです。




ハーモニカのシーンということは・・・「いじっぱりハモニカさん」で出てくるのかな。
このシーンに関しては覚えていないので、もう一度DVDで確認したいところです。

やかちゃんさん、私がカバーしきれていない場所までたくさん良い写真を送っていただきまして、感謝です!  シーンを正確に押さえてきっちりと撮っておられるお写真に、あのドラマが本当にお好きだということが伝わってきます
(やかちゃんさんのサイトをご紹介できたらと思っていましたが、プライベートでのブログなどはされていないとのことです。)


弘法の松公園8

弘法の松公園があった百合ケ丘近辺で撮影した、坂道&遠景の写真。
前回の聖蹟桜ヶ丘もそうでしたが、やっぱり坂道の景色はいいねー♪




☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


前回今回と、東京の多摩地区周辺に限定してロケ地めぐりを敢行した際のルポをUPしましたが、いかがでしたか?

さきほどの百合ケ丘での坂道地点をはじめ、様々な場所で小高い多摩丘陵から眼下に眼前に広がる街の風景を眺めながら思いました。 「ああ、これが、私が昔見た懐かしい‘テレビの中の風景’なのだ」 と。

坂道とその先に広がる風景に無意識のうちにノスタルジーを喚起させられるのは尾道などでも同様なのですが、東京近郊の場合はそれに、「昔、テレビの中で見たことのある景色、空気感」という要素も加わります。
自分がかつてリアルに目にしていた田舎の風景とは似ておらず、そういった意味ではノスタルジーを感じる要素は皆無のハズなのですが、子供の頃や青春時代にテレビに映し出されていた景色というのも、私にとっては懐古の対象たり得るのです。  

こういう「メタレトロ」「メタノスタルジー」的な感覚って、私だけの特別な感覚なんでしょうか? 
これ、ブログを始めた当初からずっと感じていたことなんですよね。


さらに言うと、今回のロケ地旅は、「耳をすませば」や「好き!すき!!魔女先生」のロケ地以外は、どの作品のどのシーンで使用されたもの、というピンポイントで明確な記憶がないにもかかわらず現地に向かい、それでも楽しめてしまったという
(笑)
知らないでもこれだから、ウルトラマンシリーズや昭和の仮面ライダーシリーズなどを最初から全部視聴し直した上で見に行っていたら、めちゃめちゃ興奮したでしょうね(笑)

そういうこともあり、今はまた昔の番組を見たい!という熱が再燃しております。「5年3組魔法組」のDVDの感想(良かったですよー!)も見終わっていながらいまだ書けていないというのに、それが終わってからの方がいいかしらん♪^^;

今日も長々とおつきあいいただきまして、ありがとうございました!



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[ 2018/04/05 15:04 ] ●レトロ旅 東京昭和レトロ関連スポット巡り | TB(0) | CM(16)
hide男さん、はじめまして🎵コメントありがとうございます!
大阪からはるばる弘法松公園まで行かれたなんて、私と同じではないですか(笑) 仲間がいて嬉しい(笑)
でもきっとhide男さんの方が当時の東映の作品に対する思い入れと造詣がおありだと思いますから、私以上にあの場所に立たれた時には感慨深かったでしょうね。

ブログにも書いたように魔女先生を見た時はまだ私は3才、4才ぐらいだったもので、あのオープニングの丘の記憶も全く残ってなかったんですよ。でもDVDで見返した時に、「これは昭和の番組史上に残る珠玉のオープニングだわ~‼(あくまでも自分の好みとしてですが😅)」と何度も何度も飽きもせず見返しました。

そうですね~映像にはこのあたりのあの頃の団地が映ってますよね~。しかもまだ開発が始まって間もない頃だったんでしょうね、その団地が目立ってる✨ 周りにまだあんまり建物がなかったから。あのOPが象徴してるみたいに、子供たちの元気な声が響いてた頃が一番良かったんだろうなあ。
あのあたりにはまだまだ他にも有名な特撮ロケ地がありますよね。

私もhide男さんのブログ、最近何度か見させていただきましたよ。これからもどうぞよろしくお願いいたします(^^) 年内にはもうひとつずっと先延ばしにしているある特撮作品についての記事を書けたらいいなと思ってるのですが。
[ 2018/09/30 09:50 ] [ 編集 ]
初めまして。
『此処にスタジオがあった頃』というブログを書いておりますhide男と申します。

MANASAVVYさん同様、愚生も百合丘という街に心を奪われた一人でして、大阪在住ですが、先週も行って参りました。
あの丘・・・、イイですよね。
『東映生田スタジオ』に携わった人々の思いを痛感出来る場所の一つとして、何度立っても目頭が熱くなります。
幼少期、テレビの向こうに見た景色を目の当たりにすれば、時が経つのを忘れてしまう程の感動が込み上げてきますよね。
あれから約半世紀が過ぎ、百合丘の街を歩く人たちに高齢の方々が目立つのは否めません。
映像にあるのは、百合丘団地があり、子供たちの声が街中そこかしこに響いていた時代。
そんな時代に思いを馳せ得る場所の一つとして、『弘法松』は最高の場所ですね。
貴ブログ、これからも拝読させて頂きます!
[ 2018/09/29 14:11 ] [ 編集 ]
模糊さん、マニアな世界では10年ちょい前から団地マニアの方が本や写真集を出版されたりしています^^
工場夜景のマニアやダムマニアなどもその頃から出て来たというか。私は昭和の特撮やSFドラマ的な世界が好きなので、団地や工場夜景などを見るとそういった意味でのレトロなムードを満喫できて楽しいんです^^

> 団地民泊という取材テーマも可能かも知れませんね・・・

団地、泊まってみたいです!(笑)昨年などは団地での違法民泊などもあったようなので、きちんと合法的にやってくれているところがあれば。改装されずになるべく昭和の頃のままの内装が残っているところがいいんですが、さすがにそういうところはもうないでしょうね〜^^;
でも窓を開けると、他の棟が見えたり団地独特の景色が見えるというのは良さそうですね〜!(妄想)
[ 2018/04/11 10:57 ] [ 編集 ]
「東京虹色紀行」楽しませてもらっています。
なるほど、こういう視点で団地を見るという楽しみ方があるのですね。
感心しました。
団地を観光するということは、あまり聞いたことがないので、実にユニークです。
さすがです。


団地民泊という取材テーマも可能かも知れませんね・・・

niftyのほうへメールさせていただきました、お読みいただければ済淡いです。
[ 2018/04/10 20:40 ] [ 編集 ]
やかちゃんさん、ついにDVDを買われたのですね(祝)私も高いけど、中古か何かで買おうかなあ。あのOPだけでもずっと手元に置いておきたいような。

<恐怖!ホラ穴の悪魔>、いかにも怪しいお屋敷(クモンデスのアジト?)に、最初は子供のひとりが迷い込んでしまって・・・というやつでしたっけ? 

でも目の付けどころがさすが地元の方ならではだと思います。町の地理がわかっておられるから、変遷も一目瞭然でわかりますよね。
昭和44年にできた小学校というと、当時は本当に新しい小学校だったということですよね。(DVDがあれば確認できるのにな〜)
学校は子供達の安全のためにも頑丈なしっかりした造りになっていることが多いので、たいてい長持ちしていますね、普通の建物よりも。

>さらに以前住んでいた付近も画面の左上端にちらっとだけ映りましたが当時は単なる野っぱらでした。(笑)郷土の歴史の
>ミニ教材になりますね。

魔女先生を見ていると、何にも建っていない原っぱや空き地のような場所がよく出てきますよね。あの頃の風景の中にタイムスリップしてみたい! OPの弘法松公園からの眺めも最高に良いですから〜。憧れの風景ですよ!
[ 2018/04/10 18:58 ] [ 編集 ]
雨男博士さん、

> ウルトラマンや仮面ライダーの撮影に、
> ロケ地があったことを初めて知り(よくよく考えれば当たり前ですが)、
> これはなんとかしていってみたいとおもいました。

でもこれって、それだけ特撮ドラマがよくできていたということではないでしょうか^^
何から何まで完全にフィクションの世界で、現実には存在しない風景のように無意識に感じられたということですよね?
あと、雨男さんが作品に入り込んでいたということかも(笑)
東京に出張される機会には、お時間ありましたらぜひぜひ♪ DVDやネット配信で事前に予習されるとさらに楽しいかと。

もしもう一度行けるなら、長沢浄水場と聖蹟記念館は中に入って見学してみたいですね〜(´∀`*) 
[ 2018/04/10 18:35 ] [ 編集 ]
マナサビイ様、コメントどうもありがとうございます。
レンタルに飽き足らずついに本日魔女先生のDVDを購入してしまい
ました(汗)
第22話 <恐怖!ホラ穴の悪魔>の最後にも弘法松公園が登場
します。
<あの鉄塔>に向かって右方向を撮影しており背景に昭和44年
に校舎ができたばかりの南百合丘小学校が結構大きく映りこん
でいます。
私事恐縮ですが息子の母校であったため運動会や参観日等何度も
校舎に入ったことがあり、経緯を知らない当時はひどく古びた
学校だと思っていたのですが今となっては現存していることに
感謝です。(笑)

さらに以前住んでいた付近も画面の左上端にちらっとだけ映り
ましたが当時は単なる野っぱらでした。(笑)郷土の歴史の
ミニ教材になりますね。
[ 2018/04/08 22:45 ] [ 編集 ]
こんばんは。
素晴らしい、そしてわたしにとっては驚きの記事をありがとうございました。
ウルトラマンや仮面ライダーの撮影に、
ロケ地があったことを初めて知り(よくよく考えれば当たり前ですが)、
これはなんとかしていってみたいとおもいました。

そして、近未来的な建築がいまもなお使用されていることにも
感動を覚えました。
[ 2018/04/08 22:17 ] [ 編集 ]
玉坂めぐるさん、今回はスケジュールを詰め込みまくって、タイムトリップを堪能しました^^ 

あの当時に実際に東京に住んでいた子供達と、テレビの向こうに東京の風景を見ていた子供達とではまた捉え方が変わってくるでしょうね。70年代というのは都市部では公害問題もありましたし、その他いろいろリアルな問題もあったんだろうなと思います。
でも私はそういう面も含めて、あの時代そのものに郷愁を感じるんです(ここまできたら病気か?!(爆))
うちのような小さな田舎町でも、子供達に気味悪がられて恐れられている人からマイノリティーと言われる人(いわゆる女系のおっちゃん、893さん、二号さんなど)からいろんな人がごく身近に普通にいて、夏休みのラジオ体操の帰りに草むらにいかがわしい本が落ちているのを見つけたりして(笑) 田舎ならではの人間関係もあったり。

汚いもの危ないもの暗いものと、美しいもの、明るい楽しいものとが入り乱れて共存していたビビッドな時代だからこそ、かえって健全だったのかなとも思ったりして。今って分断化が進んでしまっているでしょ?白黒はっきりしすぎて、いろんな面で。それがすごく怖いことのように思うんです、この先の世の中のことを思うと。私も含めて、みんないつのまにか懐が狭くなってしまっているというか。 昭和という「ふるさと」はそういう面ではやはり良かったと思いますよ^^

> 「ジャイアンがステージにしてるあの丸いのは何?」と平成生まれにきかれて、唸ってしまいました。

すっかり絶滅しましたよね、空き地の土管。だいたいあんな空き地自体がなかなかないし。やっぱりわからないのか〜^^;
[ 2018/04/08 19:25 ] [ 編集 ]
レトロを求めて、東京遠征だったんですね(^^)マナサビイさんは、タイムスリップを同時にするから大変な旅になりそうです。
自分は1970年代の東京の団地の鍵っ子でした。(^0^)まさに当事者。(とはいってもちょっと場所は、ちがいますが)でもテレビを見ていた子はどこに住んでてもみんな当事者だったかもしれません。心がなびくのはしょうがないです。
「ジャイアンがステージにしてるあの丸いのは何?」と平成生まれにきかれて、唸ってしまいました。下水工事だらけだった時代。子どもの安全が二の次だった時代。(--)今じゃ考えられない粗雑で乱暴な環境。あんなところで遊んじゃダメだよ。でも我々のふるさとなんですよね。
[ 2018/04/08 14:59 ] [ 編集 ]
ハヌマーン&さとるさん、

> 城南大学生化学研究所があった長沢浄水所は自分でも通っていたような思い出があるし、
>聖蹟記念館のダッガー秘密基地には一回潜入したような記憶がよみがえってきます。写真を見ていて不思議な気持ちになりました。

写真を見ていただいて、そういった臨場感を感じていただけるとは嬉しい限りです!(//∇//)
長沢浄水場にしても聖蹟記念館にしても中に入る事ができず、外から外観を撮影するのみの簡易なロケ地探訪になってしまったのですが、行った甲斐がありました。 

そしてやはり、入り込み方というか思い入れの深さが私とはレベルが違う(笑)
DVDでもう一度全部見直したら、私もさらに感慨深さを覚えることができるのかもしれないですね。
どちらの施設も、現実離れした空気感が今でも十二分にあるのでなかなか良かったですよ〜! 長沢浄水場なんかは正面にある守衛室のデザインも普通の守衛室っぽくなくてとても良いですし。後から作られたものらしいですけど、世界観が守られている気がします。
[ 2018/04/08 11:18 ] [ 編集 ]
やかちゃんさん、お写真のおかげでせっかく行ったのに消化不良気味だった弘法松公園のロケ地探訪が報われました。ブログにも掲載させていただけてとても嬉しいです! ありがとうございます!

>  本放送は何度か見た程度だったのですが月ひかる先生は記憶にしっかり残っていました。見たくても1台しかない貴重なテレビのチャンネル選択権は父にあって毎週見ることができなかったのです。たのしい幼稚園?という子供向け雑誌にコミックも掲載されていました。
> その後ヒロインを忘れずにいたので、繰り返して再放送された気がしない旨を大学の先輩に話して初めて、かの事件を知りました。事件後10年を経て月先生は本当に月に還ってしまったことを知り驚愕しました。

幼少期のことを本当によく記憶されていますね。魔女先生の放送時が幼稚園の時だったのですね。
数回しかごらんになっていないのに、月先生のことをしっかり記憶しているというのは私にもわかる気がします。私はやかちゃんさんよりも1、2才下でさらにこの当時の記憶があやふやなのですが、このドラマを見た記憶はずっと残っていました。以前のブログにも書いたように詳細は全く覚えていなかったのですが、「かぐや姫先生」という呼称や月に指輪をかざすシーンなどは断片的にしかも明確に記憶していました。
あのドラマには子供心をとらえる何かがあったのかも。 男の子には、美人のかぐや姫先生への憧れみたいなものもあったのかもですね(笑)

そういえば、このドラマは私の覚えている限りでも1度も再放送されていません。 言われてはじめて気づいたのですが、やはり事件の影響でしょうか。私もこんな事件があったことは数年前に初めて知りました。最終回で、出演した子供達に向けられていたあの優しい眼差しを思うと・・・。素顔も感じの良さそうな素敵な女優さんだったのに。


それにしても、かぐや姫先生に不思議なご縁がありますね!知らずにあの鉄塔の近くに転居されていたとは、そしてその後のおうちも弘法松公園のご近所とは、引きが半端ないです(笑) 

OPなんてもちろんすっかり忘れていましたので、昨年DVDを見て初めてこんなOPシーンだったんだ〜!と感動しましたが、昭和の子供番組史上に残る珠玉のOPと言っても過言ではないと思います。DVDには1話ごとにOPとEDも入っていて、普通は何度も同じものを見るのはめんどくさいから早送りするところを、この魔女先生に限ってはずっとOPシーンをそのまま繰り返し視聴しました。本当にノスタルジックで幸せな気持ちになれますもんね(//∇//)
「輝くヒロインを引き立てたあの風景」、やかちゃんさんのおっしゃる通りだと思います!あの時代の弘法松公園へタイムスリップできたら最高でしょうね〜!
[ 2018/04/08 10:54 ] [ 編集 ]
城南大学生化学研究所があった長沢浄水所は自分でも通っていたような思い出があるし、聖蹟記念館のダッガー秘密基地には一回潜入したような記憶がよみがえってきます。写真を見ていて不思議な気持ちになりました。
[ 2018/04/07 00:39 ] [ 編集 ]
写真掲載どうもありがとうございます。以下長文で失礼します。
「好き!すき!!魔女先生」本放送(1971年秋~72年春)時、5歳で北海道札幌市に住んでいました。
幼稚園児でしたが当時のことは色々覚えています。札幌冬季オリンピック(72年2月)開催に向けて地下鉄、舗装道路が整備され、ビルや住宅があちこちで建設され街は非常に活気がありました。あの時代の高揚感はこどもの私にもわかりました。五輪の直後にはあさま山荘事件が起き、ほとんどのテレビ局がずっと山荘の生中継をしていました。そんな時期だったのですね。

 本放送は何度か見た程度だったのですが月ひかる先生は記憶にしっかり残っていました。見たくても1台しかない貴重なテレビのチャンネル選択権は父にあって毎週見ることができなかったのです。たのしい幼稚園?という子供向け雑誌にコミックも掲載されていました。
その後ヒロインを忘れずにいたので、繰り返して再放送された気がしない旨を大学の先輩に話して初めて、かの事件を知りました。事件後10年を経て月先生は本当に月に還ってしまったことを知り驚愕しました。

時はかなり流れて10年前に勤務先と家族のバランスをとって<あの鉄塔>のそばに転居しました。opでヒロインの背後に映る柿生線20号鉄塔の近くです。そのころビデオは手に入れておりましたが自分の住まいが魔女先生がらみの地域とはつゆ知らず、そして7年前に戸建てを購入したのが弘法松公園の比較的近所です。

今年になってから、あの大好きなopの撮影地が近所であることを知りました。そうやって意識してみるとほぼ毎朝、通勤時に公園と鉄塔、煙突(数年前に新しくなってしまいましたが)が目に入ります。帰宅時には遠くに平尾団地の給水塔も見えます。今、不思議と幸せがミックスした気分を味わっております。
[ 2018/04/07 00:31 ] [ 編集 ]
タケキャブさん、もしかしたら自分だけの特異なもの?と思われた感覚に共感していただけるタケキャブさんのような方がいて、ちょっと嬉しいです(笑)

> 高度成長期には東京など大都市圏ではどんどん町の姿が変わって行きました。
> 記憶もそれに合わせて上書きされて行きますから、現実に暮らした世界でありながら意外にその時々の建物とかに対する印象が薄かったりします。
> ところが子供時代のテレビドラマ等だとそれこそ時間も忘れるほど没入していた事もあって、完全にテレビの世界がもう1つの現実という感じでした。

タケキャブさんが提示された視点、そうかー!と納得しました。
私は田舎で生まれ育ったので、町の景色がどんどん変わっていくという淋しさは都市に住んでおられた人よりは薄かったと思いますが(なので田舎の当時の景色もずっと頭の中に残っている)、都市部だと確かにどんどん景色が変わっていった時期ですもんね。
私もテレビっ子でドラマやアニメの世界に没入してしまうタイプだったので、その時にテレビで見た風景の記憶がずっといつまでも残っているのだと思いました。子供の頃って吸収力が半端ないですから、よけいにしっかりと焼き付いているんでしょうね^^
東京に住んでいたわけじゃないのに、70年代の東京の風景が本当に懐かしいです。 昭和の懐かしの映像等も時々見ますが、東京は70年代がやはりいちばん魅力的だった気がします。
[ 2018/04/06 13:44 ] [ 編集 ]
はじめまして。
仰るようにテレビの中の世界が妙に現実感を持って記憶されてしまう、というのはありますよね。
高度成長期には東京など大都市圏ではどんどん町の姿が変わって行きました。
記憶もそれに合わせて上書きされて行きますから、現実に暮らした世界でありながら意外にその時々の建物とかに対する印象が薄かったりします。
ところが子供時代のテレビドラマ等だとそれこそ時間も忘れるほど没入していた事もあって、完全にテレビの世界がもう1つの現実という感じでした。
毎週熱心に見た結果、その世界は良く出来た箱庭のように完成されて、私達の脳の奥の方にしっかりと定着してしまったのかも知れません。
[ 2018/04/06 12:48 ] [ 編集 ]
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プロフィール

MANASAVVY(マナサビイ)

Author:MANASAVVY(マナサビイ)
昭和40年代、岡山県生まれ。大阪在住。
昭和カルチャー以外にも、旅、写真、グルメ、 読書、映画、TV、野球観戦、超科学や超古代文明(ムー的なトピック)が好き。 ブログの内容からか男性と間違われる事が多々ありますが、女性です。
「佳後 マリ子」の名で、レトロ旅ライターとして取材・執筆活動を行っています。

写真と記事の無断転載を禁止します。
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