ソラリスの時間 2014年08月

ソラリスの時間

昭和(1960-80年代)の懐かしいモノ、ヘンなモノ満載!!! 脱力系 or ココロトキめくノスタルジックワールドへご案内〜!

昭和のヒトヒラ〜35年前の夏休み日記〜 

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7月27日(水曜日) 晴れ   

朝、ラジオ体そうの帰りに、かよ子ちゃんといっしょにより道をして帰りました。
今年はハンコの係が、かよ子ちゃんの好きな6年生の山本さんで、
体そうが終わってカードにハンコをおしてもらう時に、山本さんとちょっと話ができたので
かよ子ちゃんは「とってもうれしい!」と喜んでいました。

そんな話をしながら、学校のグラウンドの近くにある田んぼや畑のあぜ道の方に入って歩いていた時、
たけの長い草が生えているところに、何かが落ちているのを見つけました。
何だろう?と思って近づいて見てみると、「ビニ本」でした!
かよ子ちゃんとおもしろがって、何ページかぱらぱらとめくって見たけど、
雨とドロでよごれていてきたなかったので、そのままほうって帰りました。
「この道通るのはじめてじゃなあ〜」と言って、ふえがふける草をつんで、
ふえをふきながら歩きました。

そのあと、線路の上の橋をわたらずに、あぜ道から汽車の通る線路の方に歩いて行って、
線路をわたって家に帰りました。
カにかまれて足がかゆかったけど、とっても楽しかったです。


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7月31日(日曜日) 晴れのちくもり

のうと今日、子ども会で、「かんばの滝」の近くにあるキャンプ場にキャンプに行っていました。
わたしは、かよ子ちゃんとかよ子ちゃんの妹、近所の1つ下のひろみちゃん、ひろみちゃんのお姉さんと
同じ班でした。

きのうは、ひろみちゃんのお父さんに手伝ってもらってテントをくみたてたり、
ばんごはんには、カレーを作ったりしました。
わたしやかよ子ちゃん、かよ子ちゃんの妹、ひろみちゃんは、お米ややさいをあらったり、
あらい物をする係で、ひろみちゃんのお姉さんとお母さんがやさいを切ったりにたりして、
カレーをつくってくれました。

夜にはキャンプファイヤーをしました。
歌を歌ったりお話を聞いたりして楽しかったけど、
暗くなっていたので、はなれた所にあるトイレに行くのがこわくて、
かよ子ちゃんに言っていっしょについてきてもらいました。

かい中でんとうを持って、ふたりで歩いていると、
前から歩いて来た人が、急に自分の顔をかい中でんとうでてらして、「わあっ!」と言ったので、
わたしもかよ子ちゃんもびっくりして、「きゃー!」とさけびました。

見ると、同級生の高山くんで、わたしとかよ子ちゃんがびっくりしたのを見てわらっていました。
かよ子ちゃんが「覚えとれよ、高山!」と言うと、わらってにげていきました。

テントの中で、夜中に物音がして目が覚めると、かよ子ちゃんが妹といっしょにトイレから
帰ってきたところでした。
「マナちゃんのねがお、赤ちゃんみたいでかわいいなあ〜」
かよ子ちゃんが言っているのが聞こえてきました。


今日は、テントをかたづけたり、お昼には流しそうめんをしたりしました。
流れてくるそうめんが、なかなかじょうずにおはしでとれないので苦ろうしていると、
ひろみちゃんのお母さんが、自分のおはしでせきとめてくれて、
それをみんなですくって食べました。

家に帰ると、「キャンプはおもしろかったか?」とお母さんに聞かれました。
「うん」と言いました。


_01135年前の夏休み9



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8月4日(木曜日) 晴れ/雨


日は朝からかよ子ちゃん、みかちゃんといっしょに遊びました。

3人でこれからゆり子ちゃんの家で遊ぼうということになって歩いていたら、
平田くんが自転車に乗って、通りかかりました。
平田くんは「これから小川くんの家に遊びに行く」と言って、いろいろ話しているうちに
夏休みの間に、アタゴ神社でみんなできもだめしをやろう、ということになりました。

アタゴ神社だったら、ちょっと小高いところにあるし、坂道のところでいっぱい
おばけや仕かけができそうだから、おもしろそうだなあと思いました。

平田くんが行ってから3人でまた歩いていると、みかちゃんが急に、
「ちょっと!見て!! 月がうちらを追いかけて来よるで!!(@O@)」と言いました。
空を見ると、白いまるい月が、わたしたちが歩いて行く方向にずっとついてきていることに気づきました。
「ほんま〜〜!」
走ってもまたついてきて、「どこまでも追いかけて来る〜〜!!」と、3人で
きゃあきゃあ言いながら、ゆり子ちゃんの家まで走って行きました。


お昼まで遊んで、いったん家に帰ってお昼ごはんを食べてから、
みんなでプールに行こうということになりました。
お昼ごはんを食べて「これからプールに行って来るけん」と言うと、
お母さんが、「今日は夕立が来るかも知れんから、早う帰って来んといけんで」と言いました。

プールで遊んでいると、遠くの方で小さくゴロゴロというかみなりの音が聞こえました。
急いでプールから上がって4人で自転車で帰っていると、
空が暗くなって、かみなりの音が大きくなり、途中で雨が降り出しました。

家に帰ってからは雨はますますひどいザーザーぶりになってきて、急に停電になり、
せんぷうきが止まって、テレビの画面が消えました。10分ぐらいで電気はもどりました。
そして5時すぎに雨がやんで、また青空になりました。
お母さんとおばあちゃんは「ひと雨ふって涼しくなって良かったわ」と言っていましたが、
わたしはかみなりが落ちるんじゃないかと、とってもこわかったです。



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8月7日(日曜日)晴れ

日は七夕でした。
朝から、おばあちゃんの知り合いのおじいちゃんが山から切って持って来てくれたササの木に、
おねがいごとを書いたたんざくをいっぱいつけました。
ササの木をくくりつけたうら庭に面したえんがわに、なすときゅうりもおそなえしました。

「明日の朝、川に流してしまうのがもったいないなあ」と言うと、
「流さんと、来年の七夕様が来んよ。」とおばあちゃんに言われました。

「マナちゃん、ちょっと麦茶を入れてくれるか?」とおばあちゃんに呼ばれました。
お客さんが来ていて、そのお客さんというのは富山県という遠いところから薬を持って来たおじさんでした。
家にあるきゅうきゅう箱の中で、使ってなくなった薬をほじゅうしに来てくれたそうです。

冷ぞう庫に冷やしていた麦茶を、わたしがお客さん用のガラスのコップに入れている間に
おばあちゃんはすいかを切っていて、麦茶とすいかを出すと、おじさんが「ありがとう」と言いました。
わたしもすいかを食べました。


夜は空を見ながら天の川をさがしたけど、どこが天の川なのかわかりませんでした。
でも、カシオペアと北斗七星は見つけることができました。
1年に1度の七夕の日に、晴れてほんとうによかったと思いました。


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8月13日(土曜日) くもりのち晴れ


日はおぼんで、大阪と神戸の親せきのおじちゃんとおばちゃん、お兄ちゃんたちが家に来ました。
おみやげに、花火セットとわたしが大すきな神戸のゴーフルを買って来てくれてとってもうれしかったです。

お昼からみんなでいっしょにおはか参りに行きました。
「日射病になるから、ぼうしをかぶらんとつれていかんよ!」とお母さんに言われたので、
うすいピンク色のリボンがついた麦わらぼうしをかぶったら、
「マナちゃん、かわいい麦わらぼうしやなあ」と親せきのおばちゃんがほめてくれました。

おはかがとっても暑くて、家に帰るとすぐにせんぷうきを回して、
おとなはビール、わたしと親せきのお兄ちゃんはカルピスをのみました。
わたしはまたカに足をいっぱいかまれたので、とてもかゆくて、オロナインとムヒを何回もぬりました。

ビニールジュースとシャービックをこおらせたやつが冷とう庫にあるのを知っていたので、
それが食べたいと言うと、
お母さんが「あんまり冷たいものばっかり食べるとおなかをこわすで」と言って、
シャービックを少しだけお皿に出してくれました。
みんなでテレビの高校野球を見ながら、そうめんやとうもろこしなんかも飲んだり食べたりしました。
大阪のおじさんは、PL学園とみのしま高校をおうえんしていると言っていました。
わたしは、同じ岡山県の岡山南高校と、池田高校をおうえんしています。


夜になってから、うらの庭でみんなで花火をしました。
線香花火を長くしたようなざらざらの花火が、もう終わったかな?と思っていると、
まだまだ火花が出てきてとってもよかった。
「庭でやるのはあぶないから、ねずみ花火とドラゴンはまた今度広いところでやろう」
おじちゃんが言いました。
とても楽しかったしきれいでした。


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8月14日(日曜日) 晴れ
 
昼に、親せきのおじちゃんとおばちゃん、お兄ちゃんを駅まで送りに行き、
夜は、町内のぼんおどり大会に行っていました。
おばあちゃんにゆかたを着せてもらったりして、したくをしていると、かよ子ちゃんがさそいに来ました。
「おこづかい、持っとかんといけんよ。」と言って、とくべつに500円くれました。

小学校のグラウンドに行くと、みかちゃんとゆり子ちゃんがもう来ていました。
たこやきをみんなで分け分けして食べたり、ラムネを飲んだりしていると、
同じクラスの西田さんたちと会いました。
その中にきょ年、ひょうご県のあまがさきに転校していった松本さなえちゃんがいて、
「ほうじがあって、こっちに今だけ帰ってきてるんよ。」と言いました。
ひさしぶりに、さなえちゃんと話ができてうれしかったです。

グラウンドのまん中にやぐらがあって、曲がはじまったので、
ふじん会のおばちゃんたちがおどるのをちょっと見てから、
とちゅうからわたしたちもおどりの輪に加わりました。

ずっとおどるのははずかしいので、10分か15分ぐらいおどってから輪からはずれて、
みんなでいっしょに屋台のアメリカンドッグを買いに行ったりしました。


8時半ぐらいになってから、こんどは花火大会がはじまりました。
うちあげ花火の音がものすごかったけど、とってもきれいで、みんなで
「うわ〜!」とか「きれい!」と言いながらずっと空を見ていました。
大人の人たちも、「今年の花火はうちあげの数も多いし、はく力があるなあ」と話していました。

9時に花火もおわって、むかえに来ていたかよ子ちゃんとゆり子ちゃんのお父さん、お母さんと
いっしょに、みんなで帰りました。
とても楽しい1日でした。


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8月15日(月曜日) くもり/晴れ 

日は、おぼんの最後の日でした。
お母さんとおばあちゃんが、夕方から、「送り」のじゅんびを始めました。

仏さまが天国に帰る時に持って行くごちそうを、折りばこにつめます。
おはぎやおにぎりや、仏だんにそなえていたおかしやくだものをいっぱいつめました。

7時半ごろになって空が暗くなった頃に、外から「チン、チン、チン」と音が聞こえてきて、
近所の人が送りに行っているのが見えました。

うちは、おかあさんとおばあちゃんがお花やごちそうなどを持ち、
わたしが、仏だんの鐘を持って音を鳴らしながら、河原まで歩いて行きました。
河原にはおじさんが何人かいて、火の番をしていました。
火に、持って来た折りばこやお花をくべました。
送り火を見ながら、「また来年もうちに帰って来てよ」と3人で手を合わせました。

「むかしは、ここの川にぜんぶ流しよったんよ。七夕のササみたいになあ。」と、おばあちゃんが
教えてくれました。

おぼんの時だけ出す、電気をつけると、中で水色の花もようがくるくる回るきれいなあんどんもかたづけます。
ちょっと家がさびしくなります。


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8月21日(日曜日) 晴れ/雨

日はラジオ体そうの後で、ひとりでアタゴ神社のあるうら山に行きました。
きのうの夕方、アタゴさんに上がる道にある大きな木のみきに、さとう水をぬっておきました。
朝になったら、かぶと虫がさとう水をすいに来ているかもしれないからです。
でも、1ぴきも来ていなかったので、がっかりしました。

10時に近所のこうみんかんに小学生が集合して、子ども会で、地区のはい品かいしゅうをしました。
みかちゃんのお父さんや平田くんのお父さんたちが軽トラを出して、
わたしたちはその軽トラに乗せてもらって、1けん、1けん、はい品かいしゅうして回りました。

わたしはみかちゃんのお父さんの軽トラに乗って回っていましたが、
さいごの方になると、みかちゃんやみかちゃんの弟といっしょに、
集めた本やしんぶん紙をつんだうしろの荷台に乗って、そのままいどうしました。

風があたって気持ちいいし、とても楽しかったです。
「オープンカーに乗っとるみたい!」とわたしがうれしそうに言うと、
みかちゃんのお父さんが、車の中から「ちゃんとつかまっとかんとあぶないぞ」と言いました。

12時半ごろに終わって、かいさんする時に、大人の人がわたしたちみんなに
ジュースをくばってくれました。


お昼ごはんを食べてちょっとしてから、自転車でおつかいに行きました。
その帰りに、平田くんの家の前で、平田くんと小川くんにばったり会いました。
平田くんが「アタゴ神社のきもだめし、いつする?」と言ったので、
「かよ子ちゃんやみかちゃんらにも声かけるから、みんなで集まってそうだんしてきめよう。」
と言いました。

木のみきにさとう水をぬったのに、かぶと虫が来ていなかった話をすると、
「かぶと虫、とったやつがおるから、見るか?」と言って、
小川くんといっしょに平田くんの家に上がって、平田くんのへやで見せてもらいました。

平田くんがかっているかぶと虫を見たあと、ずかんを見て、そのうち、
かぶと虫やくわがたの話から、UFOの話になりました。
小川くんが「オレ、こないだ、テレビでUFOと宇宙人の番組やっとったの、見たで〜。見たか?」
と言いました。
わたしも平田くんも、「うん、見た、見た!」と言いました。
小川くんの中学生のお兄ちゃんの友だちが、UFOを見たことがあると言っていたそうです。
それからしばらくずっと、UFOの話ばかりしていました。

1時間ぐらいしてから、家に帰ると、
「おそかったなあ。心配したで。何をしとったん? かよ子ちゃんがついさっき、来たで。」
とおばあちゃんが言いました。

かよ子ちゃんはきのうからお母さんとくらしきに行っていました。
ピンクレディのコンサートに行くと言っていたので、帰って来て
いろいろ話をしに、うちによってくれたのかもしれないなあと思いました。
あした、かよ子ちゃんの家に遊びに行くことにしました。


_01135年前の夏休み7



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8月ももう終わりですね。

地域差があるかも知れませんが、
「今年の夏は冷夏になる」との私の予想、当たらずとも遠からずな夏になってしまいました。
真夏と言えば、このところは、毎日が体温以上の気温というのが当たり前でしたが、
クーラーをつけずに扇風機を回すだけで夜眠れる真夏というのは、本当に久々でした。

ただ、お天気がうっとうしい梅雨のような日が多く、夏らしい気分はほとんど味わえなかった気がします。
淀川花火大会も中止になったりして。(私が大阪に来て以来、おそらく初めての出来事です)



さて、35年前の今頃は、夏休み終了目前ということでヒジョーにブルーな時間を過ごしていました(^_^;) (笑)

今回、夏休み日記と題して書いた内容は、8割方、昔、実際に夏休みに体験したエピソードです^^

子供会で行ったキャンプでの夜の話、「月が追いかけて来る〜!」と友達とはしゃいだエピソード、当時は「富山の薬売り」の人が家に来ていたこと、お盆や七夕の風習(私が住んでいた岡山の田舎では、七夕は旧暦で行っていました)、お盆にはお墓参りに帰って来た親戚とたいていいつも高校野球を見たり、花火をしていたこと、盆踊りの夜に転校して行った友達と再会したこと、木の幹に砂糖水を塗ったのにカブトムシが来ていなくてガッカリしたこと、近所の同級生の男の子の家で図鑑などを見たりして遊んだこと、廃品回収の時に軽トラの荷台に乗って最高に気持ち良かったこと・・・。
あ、それから、冒頭のラジオ体操の時のエピソード全般も(^_^;) (笑)
神社できもだめしをしようという話も持ち上がったなあ。結局、やらなかったような気がしますが。

また、「停電」「夕立」「日射病」など、今となっては古き良き夏の思い出ワードと化してしまったものもふんだんに盛り込んでいますので、34、5年前の夏の香りを少しでも思い出していただければと思います。
今では、停電もひどい豪雨や台風といった災害時以外はめったに起きなくなりましたし、夕立は「集中豪雨」、日射病は「熱中症」という言葉に取って代わられてしまいました。


仲の良かった幼なじみも含め、私たちはいわゆる「田舎の小学生」だったわけですが、素朴と言われる風景や慣習・文化の中で日々生活していながらも、むしろ非常にマセガキなところがみんなありました^^;
昭和50年代という時代の風を岡山の片田舎でめいっぱい受けとめていたように思います。

メディアから受け取る都会の情報やコンテンツと田舎での実際の暮らし、おマセな部分と純朴な子供っぽさ、大人の中(何かと多かった親族間の集まりや地域社会の行事)で過ごす時間と子供だけで遊ぶ時間、女の子らしさと男の子っぽさ、インドアとアウトドア、昭和30年代的な古い習俗と昭和50年代の文化・・・。
今振り返ると、あらゆる面で、相反する要素が何の違和感もなく当たり前に同居していた子供時代でした。

うちは家庭の事情で、家族旅行に行くということもほとんどなかったので、夏休みだからといって特に大きな出来事もなくダラダラと過ごしていたイメージがあったのですが、こうしてみると、子供会やら地域の行事やら何やらで結構充実した時間を過ごしていたんだなあ、とあらためて思います。

なにげない小さなエピソードや1日ほど、こうやって懐かしく想い出されるものですね。


残り少ない夏を、どうぞ皆様もエンジョイしてくださいませ^^♪




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[ 2014/08/29 18:48 ] TIME TRIP☆昭和のカケラを探す旅 生まれ故郷の風景 | TB(0) | CM(14)

映画『太秦ライムライト』観て来ました♪ 


『太秦ライムライト』 予告編(Youtubeより)

日本映画を陰で支え、「斬られる」ために、太秦に生きる俳優「斬られ役」。
時代劇全盛期には100名以上いた「斬られ役」も今は十数人。

「斬られる」ために生きる男、主人公・香美山を演じるのは、日本一の斬られ役・福本清三。
55年間、斬られ役として斬られ続けて来た彼が今回、満を持して主演を務める。・・・

かつて日本のハリウッドと呼ばれた京都・太秦(うずまさ)。
香美山(福本清三)は、太秦の日映撮影所に所属する斬られ役一筋の大部屋俳優。
大御所の時代劇スター尾上(松方弘樹)の時代劇も打ち切られ、出番がない日々が続く中、香美山は、駆け出しの女優・さつき(山本千尋)と出会う。
さつきは香美山に殺陣の指導を請う。「女優さんに立ち回りの役はありまへんで」と言い、断る香美山だったが、さつきの熱意に負け、やがて二人はともに殺陣の稽古をする師弟関係となる。・・・

『太秦ライムライト』公式サイトよりの引用)



先週の金曜日、梅田での千秋楽の日に、この映画を観て来ました。

私の子供時代や青春時代の頃には、再放送も含めると、時代劇ドラマが週に10本程度は放送されていたように思います。「水戸黄門」や「銭形平次」「暴れん坊将軍」などのように、夜のゴールデンタイムに放送される番組も少なくなかった時代でした。
一部のドラマを除いては特に時代劇が好きという意識はなかったし、積極的にチャンネルを合わせて見たいとも思わなかった。ただ、祖母をはじめとした家族の傍らで、テレビでやっているから自然に一緒に見ていたというのが私のスタンス。
皆さんも、きっと同じようなものだったのでは?


今思うと、この方の存在に初めて気づいたのはいつだったんだろうと。
時代劇に登場する悪役の中で、「あ、またこの人出てる〜!」といつの頃からかその存在を認識するように。
悪徳商人や悪代官役のようなセリフらしいセリフがあるわけでもなく、いつも最後の場面で主役の俳優さんに斬られておしまい、といういわゆるチョイ役の役どころなのですが、頬のそげた面長の顔立ちと、いかにも悪役らしいつり目の目元が特徴的だったからかも知れません。

かと言って、決してその人の名前を知ろうとも知りたいとも思った事はありませんでしたが、それが後になって思えば、この映画の主演を務めた斬られ役俳優・福本清三さんでした。


_011太秦ライムライト1
昔、ナイトスクープに出演され、おそらく世間的に初めて脚光を浴びられた?時の一場面。 
Youtubeの動画を見るまですっかり忘れていましたが・・・私、この放送を見た覚えがあります!
今から20年以上前、この時はまだ福本さん、49歳でした。
今はお年を召されていますが、私が昔見ていた時代劇の中の福本さんは、まさしくこの風貌!



無名俳優の哀切漂う一途な生き様と、その周囲の時代劇に携わっている人達の思いに心打たれた映画でしたが、
しかし、もしもこれと寸分違わぬストーリーと台本であったとしても、主役を実際の斬られ役俳優ではない人が演じていたり、重要な脇役を人気や話題性優先でキャスティングしていたりしたら、味気ないうわべだけの映画になっていたんじゃないだろうか。
福本さん演じる老いた香美山が、仕事がない中でたったひとりで「斬られる」稽古をする場面があるのですが、この一場面だけをとっても、きっと実際に福本さんご自身が若い頃から何十年もこういう稽古を続けて来られたんだろうなあと思う、それが容易に想像出来るからこその感動であると思いました。

時代劇を取り巻く現在の状況をも含めたそういったノンフィクション的な部分と、物語としての全くのフィクションの部分とが混ざり合っていたからこそ成立し得た作品だと思います。

そして何と言っても、圧巻だったのはラス立ち(ラストの立ち回り)のシーン
ヒロインのさつきを演じる山本千尋さんの素早くキレのある身のこなし(武術のジュニア選手権で優勝の経歴を持っておられる方なのですが、その他のシーンも含めてこの方の立ち回りは本当にカッコ良かった!)、松方弘樹さんの大御所スターならではのこれでもかというぐらいの華のある派手な立ち回り、それに立ち向かう福本さんの鬼気迫る魂のこもった演技・・・本当に思わず息を呑むほどの迫力で、素晴らしかったです(@O@)

CGでは表現不可能な、生身の演技ゆえの「気」、磁場みたいなものがそこに確かに存在していました。
この殺陣のシーンだけでも見る価値がある映画です。




さて、この日は映画を見ただけでは終わりませんでした。

大阪・梅田の映画館での千秋楽だったこの日、上映後になんと、



_011太秦ライムライト3

主演の福本清三さんの舞台挨拶があったのです。
本当はもっと前に座りたかったのですが、私の座席は通路のすぐ後ろで端っこの方。
しかし、なんと私の座席のあったすぐ目の前の出入り口から福本さんが入って来られて、結果的にものすごく間近でお目にかかることができました。 ラッキー!(^o^)

そして、さらに想定外のラッキーは続き、・・・



_011太秦ライムライト2

舞台挨拶後には、パンフレットの購入者対象に福本さんのサイン会まで!!
そうとは知らずに上映前に買っていたパンフレット、モチロン、並んでサインと握手をしていただきましたよ〜! 
「小さい頃からずっとテレビで拝見していました。感激です!」(//∇//)(←たぶん、ほんとにこんな顔になっていた)



舞台挨拶の壇上で、「主役いうのは、二枚目で人気があって・・・それやのに、自分みたいなもんが主役の映画に誰が金を出してくれるんや、興行的にどうなんやという不安の方ばかりがあって、最初お断りしました。」「オファーを受けた後も、ほんまに大丈夫なんか?とずっと寝れず・・・」・・・などなどと、終始恐縮しきりの様子でお話しされていた福本さん。

どこまでも謙虚で朴訥とした、そんな福本さんの人となりに、温かく和やかな雰囲気に包まれた劇場。(客の年齢層は、アラフォー以上が9割(笑))
作品自体の感動もさることながら、本当に素敵な時間を他の観客の皆さんとも共有する事ができました。

昔からの根っからの映画人らしく、話の端々で映画の事を「写真」と呼んでおられたのも印象的でしたね^^



この映画のキャッチコピーは、「どこかで誰かが見ていてくれる」

近年は「ラスト・サムライ」への出演、そして今回の初主演映画等々で大活躍されていらっしゃいますが、テロップに名前も載らない無名の端役であっても、地道に努力を重ねてひとつの道を歩いて来られた福本さんのような方がここに来て評価されていること、嬉しい。
私、こういうのに弱いんです(笑)

東京や京都ではまだもう少し上映されるようです。皆様も機会がありましたらぜひごらんくださいませ(^o^)/

舞台挨拶で脚本家の方もおっしゃっていましたが、ニューヨーク・アジアンフィルム・フェスティバル にて、
最優秀観客賞を受賞したみたいですよ♪




追記:最後にちょっとだけしょうもない余談を^^;

あらためて調べてみると、福本さん、時代劇にとどまらず、昔から様々な映画やドラマに出演されていたようです。
所属されていた東映のヤクザ映画を筆頭に、なんと一部のマニアの間だけで有名な超ド級のカルト映画にまで!!(◎_◎;)(タイトルからして強烈なので、作品名はここでは伏せておきます)

私は今回の映画を見るまでは、時代劇の中の福本さんしか見覚えがなかったので(最近見たとあるカルト映画にも出演されていたようなのですが、気づきませんでした)、こういう映画での福本さんも見てみるべき?!と思ってしまいました^^;




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MANASAVVY(マナサビイ)

Author:MANASAVVY(マナサビイ)
昭和40年代、岡山県生まれ。大阪在住。
昭和カルチャー以外にも、旅、写真、グルメ、 読書、映画、TV、野球観戦、超科学や超古代文明(ムー的なトピック)が好き。 ブログの内容からか男性と間違われる事が多々ありますが、女性です。
「佳後 マリ子」の名で、レトロ旅ライターとして取材・執筆活動を行っています。

写真と記事の無断転載を禁止します。
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