ソラリスの時間 2013年10月

ソラリスの時間

昭和(1960-80年代)の懐かしいモノ、ヘンなモノ満載!!! 脱力系 or ココロトキめくノスタルジックワールドへご案内〜!

もう一度あなたに逢いたくて〜たつの・姫路ときめきタイムトリップその1〜 

ただいまでございマス♪  コメントのお返事以外はひと月以上ブログほったらかし状態でしたが・・・皆様、忘れずにいてくださっていますか(ちょっとだけ心配)。ブログを数年前に始めて以来、ひと月以上更新しないのは初めてでしたので、何でしょう、今は逆にある意味ものすごく新鮮な気持ちでキーボードに向かっております。

さて。
久々の更新となる今回は、これまた久々の旅日記ということで、先週末、先々週末と二週にわたって出かけて来ました、兵庫県のたつの(龍野)と姫路のレポをupしたいと思いマス♪

今回の旅、実は「兵庫・ブロガー100人戦国トリップ」という企画で兵庫県からご招待いただいた旅だったのですが、行き先はすべて自由にお任せいただいていましたので、いつものお気楽ひとり旅と良くも悪くも全く同じ(笑) 
ですので、本企画の主目的であるはずの戦国・江戸時代のお城めぐりとは全く関係のない昭和レトロ&マニアック・スポットにもいつものごとくシッカリと出没しております。
ソラリスは決して乱心してはおりますぬゆえ、どうぞご安心くださいまし〜(笑)

それでは、いざ、参りまするゾッ!
(いや、アナタ、すっかりその気になってるし(@ ̄□ ̄@;) )




☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆




今回のお話を最初にこのブログにいただいた時に思ったのは、どうせならこの機会に、もうほとんど忘れかけてしまっている昔の記憶をたどる旅に少しでもなればいいなということでした。
そういうことであれば、いつものこのブログの趣旨と何ら変わらない気がしますが、ただ単に懐かしい風景を発見するというのではなくて、遠い昔実際に自分が足を運んだ記憶のある場所にもう一度行ってみたいと思ったのです。

ワタシが生まれ育ったのは岡山県北部の小さな町。
中国自動車道を利用して大阪や阪神地域と行き来する人が大半ですが、ワタシが小学校の低学年の頃はまだ高速道路は開通しておらず、関西方面に行く時には国鉄の急行列車に乗って行きました。
因美線から姫新線に入り、姫路を経由して大阪へ向かうーーー。

神戸付近で車窓から見えた「洋菓子のヒロタ」の工場の、目にもスイートなピンクとイエローのラインの装飾模様も子供心にそそられて印象的でしたが、それと同じぐらい印象に残っていたのが、姫新線の姫路の手前にある駅名の数々。
子供の時分からこういう語感がミョーに気になる性分だったんですね、きっと 「はりましんぐう(播磨新宮)」も好きだったけど、いちばんのお気に入りは、なぜか「ほんたつの(本龍野)」(笑)


そして、先々週の土曜日ーーー。

たつの駅1-2

たつの駅2-1

たつの駅3-1



その懐かしの「ほんたつの」駅のホームにワタシは降り立ちました。

降りるのは初めてだったんですが、この駅のホームを目にした事自体がもう何十年ぶり。少なくとも国鉄からJRに変わって以降はたぶん初めてです。
なぜなら、ワタシの記憶の中にある駅は、ひらがな表記の白い駅名看板がホームに立っていた国鉄時代のまだあの頃のままだったから。

さすがに今では駅名表示の看板もすっかり新しくなっていて、当時のローカル駅らしい風情はここには残念ながら残っていませんでした。
でも、この童謡「赤とんぼ」をイメージした子供の像だけはもしかすると当時のまんまかも知れません。
龍野は、この歌の作詞者、三木露風の故郷でもあるんですね。



たつの町3

たつの町6

たつの町5


江戸時代からの城下町の町並みが色濃く残る地区が、駅から歩いて15~20分、揖保川にかかる橋を渡った先にあります。
この日はちょうど秋祭りで、家々の周囲にはしめ縄が張り巡らされていました。
旧町名の表示もいまだにいくつか残っていますよ


たつの町7

たつの町8


龍野では時間があればお城にも行くというスタンスでいたのですが、この古い町並みが密集している地区の中にお城もあるようですので、せっかくですから行ってみることにしました


たつの町10

たつの町11

龍野城のすぐ近くには三木露風氏の生家が。中も公開されていましたよ。



たつの城1

たつの城2

ここが龍野城の正門。
元々は、500年ほど前に初めて築かれた時は裏手にある鶏籠山(けいろうざん)の山頂にあった山城だったらしいのですが、豊臣秀吉に明け渡して以降、現在地の平城になったとのこと。
そして江戸時代はそのほとんどの期間を、脇坂家(脇坂藩)が城主としてこの町を治めていました。

現在の本丸御殿などは昭和に再建されたものなのですが、この付近に驚くぐらい数多く残っている武家屋敷や白壁の土蔵などは、まさにこの時代からの遺構で、そう考えるとこのお城も非常に価値のある存在に思えてきますよね


お城の敷地内は庭園のような趣になっていました。
周囲に植わっている木々からの木漏れ日がとても綺麗・・・
ベンチが置いてあってひと休みもできるし、憩いの場にもなるような気持ちの良いお城です

たつの城3-1

たつの城4

こちらが本丸御殿
先ほども少し書きましたように昭和54年に再建されたものなのですが、江戸時代当時もこのように天守閣のないいわゆる陣屋形式のお城だったようです。(そうじゃないと再建、復元とは言わないですよね
脇坂家は外様大名だったため、幕府の嫌忌に触れないためにもこのような地味な形式のお城にしたと説明書きにありました。

が、この脇坂家、実は外様という幕府からいちばん疎遠でなおかつ警戒されやすい立場の大名家でありながら、なんと、将軍に次ぐ幕府の要職である老中や寺社奉行を輩出しているんですよ
特に外様から老中に抜擢されたのは、後にも先にもこの藩だけだったとか。 優秀なお殿様を頂いた藩でもあったのですね。

本丸御殿の中は、甲冑等が展示されていたりして資料館のようにもなっています。

たつの城5


現在のお城の裏手にあるのが、鶏籠山(けいろうざん)で、その山頂にあったのが龍野古城、別名・朝霧城
登山道があって山頂まで歩いて行けるようになっているのですが、登ってみようと下の写真の登り口に近づいた時、下山して来た観光客カップルに地元の方が話しかけているのが聞こえました。

「鹿、おったやろ? 最近、発情期で荒くなっとる・・・ここまで(荒くなってる)のんは初めてや」

ワタクシ、それを聞いて登るのを断念いたしました。
だって、鹿くんから見たら、40過ぎのオバハンも若いピチピチギャルも区別がつかないかもしれませんからね (* ̄∇ ̄)(爆) (誰ですか?馬鹿でも、いや鹿でもわかると言ってるのは!?(笑))

山頂には、二の丸跡や本丸跡が残っているそうです。

たつの城6

たつの城7



たつの城10

たつの城9-1

たつの城8

山城でも天守閣のあるお城でもないですが、城下に広がる龍野の町並みが遠いところまで見渡せます。
お城のお城たる所以とでもいうのか、こういう眺望の良さは醍醐味ですよね〜 




龍野城を後にしたワタシ、次に向かった先は・・・


たつのしょうゆ1


こちら、「うすくち龍野醤油資料館」。 昔、ヒガシマル醤油さんの本社だった建物です。
木造建築でありながらレンガづくりのルネッサンス様式、昭和初期らしい和洋折衷のレトロな雰囲気が素敵♪ 
国登録有形文化財に指定されている建造物でもあるんですよ〜

そして入館料がなんとたったの10円! こちらもそうなんですが、龍野って入館料が無料だったりあっても2、300円など、良心的な施設が多いんですよ。 


たつのしょうゆ2

たつのしょうゆ10

昔、番頭さんが取り仕切っていた帳場や、


たつのしょうゆ11

揖保川の水をくみ上げていた井戸。
揖保川の水は全国的にも稀に見る鉄分の含有量の少ない軟水で、味や香りの良い淡口醤油を作るのに適した条件が昔から揃っていたらしいです。


たつのしょうゆ8

ここは、原料を発酵させて醤油麹を作るための麹室(こうじむろ)。


たつのしょうゆ7

仕込蔵。

・・・等々、江戸時代から戦前まで醤油作りの過程で実際に使用されていた設備や道具類が一同に展示されています。
チョロチョロッと小規模に展示しているだけなのかなと思っていたら(スミマセンm(_ _)m )、思っていた以上に奥行きが深くて、展示物もたくさん。歩き回りますが見応えがあります。


たつのしょうゆ12

たつのしょうゆ5

たつのしょうゆ3 たつのしょうゆ4

どこに行ってもそうなんですが、昔のポスター等の広告類は大好き♪ つい目にとまってしまいます。
右側のポスターって、子供の頃うっすらと見覚えがあるような気がするんですけど・・・気のせいかなぁ〜。


ヒガシマル醤油さんの旧本社であるこの本館以外に、ここから歩いてすぐのところにもうひとつ別館があって、

たつのしょうゆ13

ここも、なかなか雰囲気のある素敵な外観の建物
残念ながら休館中で入れなかったのですが、先々代のヒガシマル醤油本社として使用された後、龍野醤油協同組合の本館として使用されていた建物だそうです。



たつの醤油蔵町1-1

たつの醤油蔵町3

たつの醤油蔵町5

古い醤油蔵が建ち並ぶ町並みは、ここならではの風景ですね。関東では千葉県の野田あたりには残っているんだろうな。
道路脇で熱心にスケッチをされているご老人方の姿をお見かけしました。


たつの醤油蔵町6

たつの醤油蔵町8

聚遠亭(しゅうえんてい)という庭園の中にあるお茶室。
かの有名な老中・松平定信公もここにお顔を見せた事があるとか。
1月と8月を除く土日には、一般の観光客もお茶のお手前を受けられます


たつの醤油蔵町7

こちらは聚遠亭の隣にある龍野神社
脇坂家の廟社にもあたる神社で、4月のさくら祭の時には総勢300人からなる武者行列が龍野の町を練り歩くそう。

ここから裏手の山道を登った先には、野見宿禰(のみのすくね)神社という相撲の始祖を祀っている神社もあります。
時間がなくて登れなかったのですが(ここは鹿とは関係ありませんよw)、昭和の名横綱である大鵬、柏戸、初代若乃花関なども地方巡業の際に実際にここに足を運んで参拝されたそうです

あ、そうそう
龍野神社の入口手前に末社として粟嶋明神様が祀ってあって、婦人病に効験があるとご由緒書きに書かれていたのでお参りしたら、以降、婦人科系の調子がマシになりました
願いを叶えてくださったのかしら・・・
旅先で神社にお参りする時には、末社や小さい祠などにも時間の許す限りお参りして手を合わせるようにしているんですよ
楽しい旅をさせていただいていることに、感謝、感謝です。


たつの醤油蔵町4

たつの醤油蔵町2



「播磨の小京都」と謳われる龍野の町。
古い商家や武家屋敷、寺社などの町並みが密にしかも比較的広範囲で残っているという点では、各地に点在する小京都と呼ばれる町の中でも有数の町だと思いました

関西在住のワタシでさえ初めて訪れたぐらいですので、全国的にそんなに名の知れた町ではないと思いますが、映画のロケ地としても使えるんじゃないかというぐらいでしたね(火サスの撮影は実際に行われたことがあるようです。たぶん昔、片平なぎささんと船越英一郎さんが出演されていた小京都ミステリーかと勝手に推測(笑))

今回は時間に余裕がなくて行けなかったのですが、聚遠亭・龍野神社から南に下ったところにある文学の小径や、龍野公園、白鷺山界隈は兵庫県内でも指折りの桜の名所だそうです
ホント、この町、もっと注目されてもいいですよ〜 もっとうまくPRしなきゃ〜!!
と思ったんですが、いや、でも、もしかしたらそういう奥ゆかしさや欲のなさこそが、結果的にこの古い町並みを残したと言えるのかも知れませんネ。

そう言えば桜の季節には例の武者行列もありますし・・・
春になったらもう一度来てみたい、そんなふうに思わせてくれる素敵な町でした


「もう一度あなたに逢いたくて、わたくし、風に舞う桜の花びらに乗ってやってまいりましたの 
龍を頂に持つあなたのもとへ・・・」





☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


たつの・姫路ときめきトリップは、あと2回続きます〜♪♪
次回は、この龍野に行った日の夜に参加したツアーの写真から(決してアヤシい内容ではありません(笑))、昭和レトロ&マニアック路線でお届けします〜♪♪
お楽しみに〜〜〜!!!

(今、訪問者リスト、あしあとを拝見して、ブログを更新していない期間もみなさんが見に来てくださってたことを知りました〜 申し訳ありません。そして、ありがとうございます〜〜〜! ≧д≦)ノ゚)




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MANASAVVY(マナサビイ)

Author:MANASAVVY(マナサビイ)
昭和40年代、岡山県生まれ。大阪在住。
昭和カルチャー以外にも、旅、写真、グルメ、 読書、映画、TV、野球観戦、超科学や超古代文明(ムー的なトピック)が好き。 ブログの内容からか男性と間違われる事が多々ありますが、女性です。
「佳後 マリ子」の名で、レトロ旅ライターとして取材・執筆活動を行っています。

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