ソラリスの時間 ●レトロ旅 生家・生まれ故郷の風景

ソラリスの時間

昭和(1960-80年代)の懐かしいモノ、ヘンなモノ満載!!! 脱力系 or ココロトキめくノスタルジックワールドへご案内〜!

昭和のヒトヒラ〜35年前の夏休み日記〜 

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7月27日(水曜日) 晴れ   

朝、ラジオ体そうの帰りに、かよ子ちゃんといっしょにより道をして帰りました。
今年はハンコの係が、かよ子ちゃんの好きな6年生の山本さんで、
体そうが終わってカードにハンコをおしてもらう時に、山本さんとちょっと話ができたので
かよ子ちゃんは「とってもうれしい!」と喜んでいました。

そんな話をしながら、学校のグラウンドの近くにある田んぼや畑のあぜ道の方に入って歩いていた時、
たけの長い草が生えているところに、何かが落ちているのを見つけました。
何だろう?と思って近づいて見てみると、「ビニ本」でした!
かよ子ちゃんとおもしろがって、何ページかぱらぱらとめくって見たけど、
雨とドロでよごれていてきたなかったので、そのままほうって帰りました。
「この道通るのはじめてじゃなあ〜」と言って、ふえがふける草をつんで、
ふえをふきながら歩きました。

そのあと、線路の上の橋をわたらずに、あぜ道から汽車の通る線路の方に歩いて行って、
線路をわたって家に帰りました。
カにかまれて足がかゆかったけど、とっても楽しかったです。


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7月31日(日曜日) 晴れのちくもり

のうと今日、子ども会で、「かんばの滝」の近くにあるキャンプ場にキャンプに行っていました。
わたしは、かよ子ちゃんとかよ子ちゃんの妹、近所の1つ下のひろみちゃん、ひろみちゃんのお姉さんと
同じ班でした。

きのうは、ひろみちゃんのお父さんに手伝ってもらってテントをくみたてたり、
ばんごはんには、カレーを作ったりしました。
わたしやかよ子ちゃん、かよ子ちゃんの妹、ひろみちゃんは、お米ややさいをあらったり、
あらい物をする係で、ひろみちゃんのお姉さんとお母さんがやさいを切ったりにたりして、
カレーをつくってくれました。

夜にはキャンプファイヤーをしました。
歌を歌ったりお話を聞いたりして楽しかったけど、
暗くなっていたので、はなれた所にあるトイレに行くのがこわくて、
かよ子ちゃんに言っていっしょについてきてもらいました。

かい中でんとうを持って、ふたりで歩いていると、
前から歩いて来た人が、急に自分の顔をかい中でんとうでてらして、「わあっ!」と言ったので、
わたしもかよ子ちゃんもびっくりして、「きゃー!」とさけびました。

見ると、同級生の高山くんで、わたしとかよ子ちゃんがびっくりしたのを見てわらっていました。
かよ子ちゃんが「覚えとれよ、高山!」と言うと、わらってにげていきました。

テントの中で、夜中に物音がして目が覚めると、かよ子ちゃんが妹といっしょにトイレから
帰ってきたところでした。
「マナちゃんのねがお、赤ちゃんみたいでかわいいなあ〜」
かよ子ちゃんが言っているのが聞こえてきました。


今日は、テントをかたづけたり、お昼には流しそうめんをしたりしました。
流れてくるそうめんが、なかなかじょうずにおはしでとれないので苦ろうしていると、
ひろみちゃんのお母さんが、自分のおはしでせきとめてくれて、
それをみんなですくって食べました。

家に帰ると、「キャンプはおもしろかったか?」とお母さんに聞かれました。
「うん」と言いました。


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8月4日(木曜日) 晴れ/雨


日は朝からかよ子ちゃん、みかちゃんといっしょに遊びました。

3人でこれからゆり子ちゃんの家で遊ぼうということになって歩いていたら、
平田くんが自転車に乗って、通りかかりました。
平田くんは「これから小川くんの家に遊びに行く」と言って、いろいろ話しているうちに
夏休みの間に、アタゴ神社でみんなできもだめしをやろう、ということになりました。

アタゴ神社だったら、ちょっと小高いところにあるし、坂道のところでいっぱい
おばけや仕かけができそうだから、おもしろそうだなあと思いました。

平田くんが行ってから3人でまた歩いていると、みかちゃんが急に、
「ちょっと!見て!! 月がうちらを追いかけて来よるで!!(@O@)」と言いました。
空を見ると、白いまるい月が、わたしたちが歩いて行く方向にずっとついてきていることに気づきました。
「ほんま〜〜!」
走ってもまたついてきて、「どこまでも追いかけて来る〜〜!!」と、3人で
きゃあきゃあ言いながら、ゆり子ちゃんの家まで走って行きました。


お昼まで遊んで、いったん家に帰ってお昼ごはんを食べてから、
みんなでプールに行こうということになりました。
お昼ごはんを食べて「これからプールに行って来るけん」と言うと、
お母さんが、「今日は夕立が来るかも知れんから、早う帰って来んといけんで」と言いました。

プールで遊んでいると、遠くの方で小さくゴロゴロというかみなりの音が聞こえました。
急いでプールから上がって4人で自転車で帰っていると、
空が暗くなって、かみなりの音が大きくなり、途中で雨が降り出しました。

家に帰ってからは雨はますますひどいザーザーぶりになってきて、急に停電になり、
せんぷうきが止まって、テレビの画面が消えました。10分ぐらいで電気はもどりました。
そして5時すぎに雨がやんで、また青空になりました。
お母さんとおばあちゃんは「ひと雨ふって涼しくなって良かったわ」と言っていましたが、
わたしはかみなりが落ちるんじゃないかと、とってもこわかったです。



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8月7日(日曜日)晴れ

日は七夕でした。
朝から、おばあちゃんの知り合いのおじいちゃんが山から切って持って来てくれたササの木に、
おねがいごとを書いたたんざくをいっぱいつけました。
ササの木をくくりつけたうら庭に面したえんがわに、なすときゅうりもおそなえしました。

「明日の朝、川に流してしまうのがもったいないなあ」と言うと、
「流さんと、来年の七夕様が来んよ。」とおばあちゃんに言われました。

「マナちゃん、ちょっと麦茶を入れてくれるか?」とおばあちゃんに呼ばれました。
お客さんが来ていて、そのお客さんというのは富山県という遠いところから薬を持って来たおじさんでした。
家にあるきゅうきゅう箱の中で、使ってなくなった薬をほじゅうしに来てくれたそうです。

冷ぞう庫に冷やしていた麦茶を、わたしがお客さん用のガラスのコップに入れている間に
おばあちゃんはすいかを切っていて、麦茶とすいかを出すと、おじさんが「ありがとう」と言いました。
わたしもすいかを食べました。


夜は空を見ながら天の川をさがしたけど、どこが天の川なのかわかりませんでした。
でも、カシオペアと北斗七星は見つけることができました。
1年に1度の七夕の日に、晴れてほんとうによかったと思いました。


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8月13日(土曜日) くもりのち晴れ


日はおぼんで、大阪と神戸の親せきのおじちゃんとおばちゃん、お兄ちゃんたちが家に来ました。
おみやげに、花火セットとわたしが大すきな神戸のゴーフルを買って来てくれてとってもうれしかったです。

お昼からみんなでいっしょにおはか参りに行きました。
「日射病になるから、ぼうしをかぶらんとつれていかんよ!」とお母さんに言われたので、
うすいピンク色のリボンがついた麦わらぼうしをかぶったら、
「マナちゃん、かわいい麦わらぼうしやなあ」と親せきのおばちゃんがほめてくれました。

おはかがとっても暑くて、家に帰るとすぐにせんぷうきを回して、
おとなはビール、わたしと親せきのお兄ちゃんはカルピスをのみました。
わたしはまたカに足をいっぱいかまれたので、とてもかゆくて、オロナインとムヒを何回もぬりました。

ビニールジュースとシャービックをこおらせたやつが冷とう庫にあるのを知っていたので、
それが食べたいと言うと、
お母さんが「あんまり冷たいものばっかり食べるとおなかをこわすで」と言って、
シャービックを少しだけお皿に出してくれました。
みんなでテレビの高校野球を見ながら、そうめんやとうもろこしなんかも飲んだり食べたりしました。
大阪のおじさんは、PL学園とみのしま高校をおうえんしていると言っていました。
わたしは、同じ岡山県の岡山南高校と、池田高校をおうえんしています。


夜になってから、うらの庭でみんなで花火をしました。
線香花火を長くしたようなざらざらの花火が、もう終わったかな?と思っていると、
まだまだ火花が出てきてとってもよかった。
「庭でやるのはあぶないから、ねずみ花火とドラゴンはまた今度広いところでやろう」
おじちゃんが言いました。
とても楽しかったしきれいでした。


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8月14日(日曜日) 晴れ
 
昼に、親せきのおじちゃんとおばちゃん、お兄ちゃんを駅まで送りに行き、
夜は、町内のぼんおどり大会に行っていました。
おばあちゃんにゆかたを着せてもらったりして、したくをしていると、かよ子ちゃんがさそいに来ました。
「おこづかい、持っとかんといけんよ。」と言って、とくべつに500円くれました。

小学校のグラウンドに行くと、みかちゃんとゆり子ちゃんがもう来ていました。
たこやきをみんなで分け分けして食べたり、ラムネを飲んだりしていると、
同じクラスの西田さんたちと会いました。
その中にきょ年、ひょうご県のあまがさきに転校していった松本さなえちゃんがいて、
「ほうじがあって、こっちに今だけ帰ってきてるんよ。」と言いました。
ひさしぶりに、さなえちゃんと話ができてうれしかったです。

グラウンドのまん中にやぐらがあって、曲がはじまったので、
ふじん会のおばちゃんたちがおどるのをちょっと見てから、
とちゅうからわたしたちもおどりの輪に加わりました。

ずっとおどるのははずかしいので、10分か15分ぐらいおどってから輪からはずれて、
みんなでいっしょに屋台のアメリカンドッグを買いに行ったりしました。


8時半ぐらいになってから、こんどは花火大会がはじまりました。
うちあげ花火の音がものすごかったけど、とってもきれいで、みんなで
「うわ〜!」とか「きれい!」と言いながらずっと空を見ていました。
大人の人たちも、「今年の花火はうちあげの数も多いし、はく力があるなあ」と話していました。

9時に花火もおわって、むかえに来ていたかよ子ちゃんとゆり子ちゃんのお父さん、お母さんと
いっしょに、みんなで帰りました。
とても楽しい1日でした。


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8月15日(月曜日) くもり/晴れ 

日は、おぼんの最後の日でした。
お母さんとおばあちゃんが、夕方から、「送り」のじゅんびを始めました。

仏さまが天国に帰る時に持って行くごちそうを、折りばこにつめます。
おはぎやおにぎりや、仏だんにそなえていたおかしやくだものをいっぱいつめました。

7時半ごろになって空が暗くなった頃に、外から「チン、チン、チン」と音が聞こえてきて、
近所の人が送りに行っているのが見えました。

うちは、おかあさんとおばあちゃんがお花やごちそうなどを持ち、
わたしが、仏だんの鐘を持って音を鳴らしながら、河原まで歩いて行きました。
河原にはおじさんが何人かいて、火の番をしていました。
火に、持って来た折りばこやお花をくべました。
送り火を見ながら、「また来年もうちに帰って来てよ」と3人で手を合わせました。

「むかしは、ここの川にぜんぶ流しよったんよ。七夕のササみたいになあ。」と、おばあちゃんが
教えてくれました。

おぼんの時だけ出す、電気をつけると、中で水色の花もようがくるくる回るきれいなあんどんもかたづけます。
ちょっと家がさびしくなります。


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8月21日(日曜日) 晴れ/雨

日はラジオ体そうの後で、ひとりでアタゴ神社のあるうら山に行きました。
きのうの夕方、アタゴさんに上がる道にある大きな木のみきに、さとう水をぬっておきました。
朝になったら、かぶと虫がさとう水をすいに来ているかもしれないからです。
でも、1ぴきも来ていなかったので、がっかりしました。

10時に近所のこうみんかんに小学生が集合して、子ども会で、地区のはい品かいしゅうをしました。
みかちゃんのお父さんや平田くんのお父さんたちが軽トラを出して、
わたしたちはその軽トラに乗せてもらって、1けん、1けん、はい品かいしゅうして回りました。

わたしはみかちゃんのお父さんの軽トラに乗って回っていましたが、
さいごの方になると、みかちゃんやみかちゃんの弟といっしょに、
集めた本やしんぶん紙をつんだうしろの荷台に乗って、そのままいどうしました。

風があたって気持ちいいし、とても楽しかったです。
「オープンカーに乗っとるみたい!」とわたしがうれしそうに言うと、
みかちゃんのお父さんが、車の中から「ちゃんとつかまっとかんとあぶないぞ」と言いました。

12時半ごろに終わって、かいさんする時に、大人の人がわたしたちみんなに
ジュースをくばってくれました。


お昼ごはんを食べてちょっとしてから、自転車でおつかいに行きました。
その帰りに、平田くんの家の前で、平田くんと小川くんにばったり会いました。
平田くんが「アタゴ神社のきもだめし、いつする?」と言ったので、
「かよ子ちゃんやみかちゃんらにも声かけるから、みんなで集まってそうだんしてきめよう。」
と言いました。

木のみきにさとう水をぬったのに、かぶと虫が来ていなかった話をすると、
「かぶと虫、とったやつがおるから、見るか?」と言って、
小川くんといっしょに平田くんの家に上がって、平田くんのへやで見せてもらいました。

平田くんがかっているかぶと虫を見たあと、ずかんを見て、そのうち、
かぶと虫やくわがたの話から、UFOの話になりました。
小川くんが「オレ、こないだ、テレビでUFOと宇宙人の番組やっとったの、見たで〜。見たか?」
と言いました。
わたしも平田くんも、「うん、見た、見た!」と言いました。
小川くんの中学生のお兄ちゃんの友だちが、UFOを見たことがあると言っていたそうです。
それからしばらくずっと、UFOの話ばかりしていました。

1時間ぐらいしてから、家に帰ると、
「おそかったなあ。心配したで。何をしとったん? かよ子ちゃんがついさっき、来たで。」
とおばあちゃんが言いました。

かよ子ちゃんはきのうからお母さんとくらしきに行っていました。
ピンクレディのコンサートに行くと言っていたので、帰って来て
いろいろ話をしに、うちによってくれたのかもしれないなあと思いました。
あした、かよ子ちゃんの家に遊びに行くことにしました。


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8月ももう終わりですね。

地域差があるかも知れませんが、
「今年の夏は冷夏になる」との私の予想、当たらずとも遠からずな夏になってしまいました。
真夏と言えば、このところは、毎日が体温以上の気温というのが当たり前でしたが、
クーラーをつけずに扇風機を回すだけで夜眠れる真夏というのは、本当に久々でした。

ただ、お天気がうっとうしい梅雨のような日が多く、夏らしい気分はほとんど味わえなかった気がします。
淀川花火大会も中止になったりして。(私が大阪に来て以来、おそらく初めての出来事です)



さて、35年前の今頃は、夏休み終了目前ということでヒジョーにブルーな時間を過ごしていました(^_^;) (笑)

今回、夏休み日記と題して書いた内容は、8割方、昔、実際に夏休みに体験したエピソードです^^

子供会で行ったキャンプでの夜の話、「月が追いかけて来る〜!」と友達とはしゃいだエピソード、当時は「富山の薬売り」の人が家に来ていたこと、お盆や七夕の風習(私が住んでいた岡山の田舎では、七夕は旧暦で行っていました)、お盆にはお墓参りに帰って来た親戚とたいていいつも高校野球を見たり、花火をしていたこと、盆踊りの夜に転校して行った友達と再会したこと、木の幹に砂糖水を塗ったのにカブトムシが来ていなくてガッカリしたこと、近所の同級生の男の子の家で図鑑などを見たりして遊んだこと、廃品回収の時に軽トラの荷台に乗って最高に気持ち良かったこと・・・。
あ、それから、冒頭のラジオ体操の時のエピソード全般も(^_^;) (笑)
神社できもだめしをしようという話も持ち上がったなあ。結局、やらなかったような気がしますが。

また、「停電」「夕立」「日射病」など、今となっては古き良き夏の思い出ワードと化してしまったものもふんだんに盛り込んでいますので、34、5年前の夏の香りを少しでも思い出していただければと思います。
今では、停電もひどい豪雨や台風といった災害時以外はめったに起きなくなりましたし、夕立は「集中豪雨」、日射病は「熱中症」という言葉に取って代わられてしまいました。


仲の良かった幼なじみも含め、私たちはいわゆる「田舎の小学生」だったわけですが、素朴と言われる風景や慣習・文化の中で日々生活していながらも、むしろ非常にマセガキなところがみんなありました^^;
昭和50年代という時代の風を岡山の片田舎でめいっぱい受けとめていたように思います。

メディアから受け取る都会の情報やコンテンツと田舎での実際の暮らし、おマセな部分と純朴な子供っぽさ、大人の中(何かと多かった親族間の集まりや地域社会の行事)で過ごす時間と子供だけで遊ぶ時間、女の子らしさと男の子っぽさ、インドアとアウトドア、昭和30年代的な古い習俗と昭和50年代の文化・・・。
今振り返ると、あらゆる面で、相反する要素が何の違和感もなく当たり前に同居していた子供時代でした。

うちは家庭の事情で、家族旅行に行くということもほとんどなかったので、夏休みだからといって特に大きな出来事もなくダラダラと過ごしていたイメージがあったのですが、こうしてみると、子供会やら地域の行事やら何やらで結構充実した時間を過ごしていたんだなあ、とあらためて思います。

なにげない小さなエピソードや1日ほど、こうやって懐かしく想い出されるものですね。


残り少ない夏を、どうぞ皆様もエンジョイしてくださいませ^^♪




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[ 2014/08/29 18:48 ] ●レトロ旅 生家・生まれ故郷の風景 | TB(0) | CM(14)

ワタシが生まれた家~のすたるじぃ~ 

(昨日8月8日に、まだブログが書きかけであったにもかかわらず間違えてupしてしまっていました(-.-;)
昨日から今日のお昼ぐらいまでにごらんいただいた方、写真や文章をさらに加えて完成して再アップしていますので、お時間ありましたらもう1度ごらんくださいマセ~~




夏まっさかり、そしてもうじきお盆ですね。
故郷、ご実家に帰省されるという方も多いのではないでしょうか??(^-^)/

以前、ブログにも書いた事があるかと思いますが、ワタシはちょうど今頃の季節が1年中でいちばんノスタルジックな想いが湧き上がって来る季節です。
子供の頃のことを想い出す時、なぜか真っ先に浮かんで来るのが小中学生の頃の夏休みの光景。
高校を卒業して大阪に出て来たばかりの80年代後半の頃のことを想い出す時も、なぜか夏の曲とともにあの頃の時代の匂いや想い出が蘇って来ます。
時をかける少女ではないですけれど、夏という季節は、ワタシを毎年のように遥か遠い記憶の旅へと誘ってくれます。



数年前のこと、昭和の初め頃から80年近くに渡って家族や身内が暮らして来た生まれ故郷の岡山の家が、道路の拡張工事を理由に取り壊しになりました。

取り壊しが決まってから、お盆のお墓参りなどで帰るたびに撮りためた写真は失敗写真も含めるとゆうに三百枚は超えるでしょうか。
今回は、その時に作成したフォトブックと、その他何枚かの写真をブログにupすることにしました。

昭和の木造家屋ならではの懐かしいたたずまいやレトロなディテールを一緒に楽しんでいただけたら、という想いとともに、こんな家がかつて岡山の片田舎に存在したということを少しでも多くの皆様に知っていただけたら、という元住人のささやかな願いを込めて・・・


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このフォトブックを作った当時は、想い出がいっぱい詰まったこの家がもうすぐ取り壊されてしまうことへの淋しさ、悲しさからかなり感傷的になっていました。

そして今でもワタシの夢には、この生まれた家がかなりの高い頻度で登場します。見る夢のなんと半分以上はこの家の内外で繰り広げられるシーンだったりして・・・。自分でも驚きますが。


以前にもどこかで書いたことがあるような気がしますが・・・ワタシは子供の頃、もし家の中の柱や鴨居などを切ったらそこから「血」が出る、というおかしな錯覚にとらわれていました。
小学生にもなれば、血液があるのは動物だけだということは常識としてちゃんとわかっていたはずなのですが、それでもそういう家の中の柱などから血が出る場面をひとりで想像しては、それがあたかもリアルなことのように感じていたのです。

それがもしかしたら、子供の頃の風変わりな思い込みというだけではなかったのかも知れない、と気づいたのは、取り壊しが半年後に迫った家に帰った時でした。
家のすぐ近くまでやってきた時、家自身が放っていたそのただならぬ気配~朽ち果てた気配~を目にしたワタシは言葉を失い、玄関前でその姿を見上げながら呆然としばらくの間立ち尽くしてしまいました。

家には取り壊しの直前まで叔父夫婦が住んでいましたので、空き家になって人の手が入らず荒れてしまっていたとか、すでに一部が取り壊されていた、というわけではありません。
なのに、明らかにその日ワタシが見た家の姿は、子供の頃から一度も見たことがなかった家の姿でした。

まるでもうじき取り壊されてしまうことを知っているかのような、生気のない重く沈んだ気配をはっきりと感じ取った時、この家にはもしかしたら本当に生命というものがあったのかも知れない、暮らしていたワタシたち家族と同じようにこの家も一緒に生きてくれていたのかもしれない、と思いました。



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さて、フォトブックの中にあった小さい女の子(まるまるとよく太って男の子みたいですが)の写真はワタシで、モンローのポスターが貼ってあった洋間は、叔父の部屋です。
部屋の隅っこが好きだったというのは、自分でも覚えています。今でもそうなんですが、妙に落ち着くんですよね~

本棚に並んでいた本は、いとこが子供の頃読んでいた本も混じっていますが、ほとんどはワタシが小学生の頃に読んでいた本。
文章を書く事が好きになったキッカケとも言えるアンネ・フランクの本(アンネのようにエッセイや日記や童話が書きたい!と思うようになり、実際に書いていました。書かれてある内容よりもそちらの方でむしろ影響を受けました(笑))、あと、今思うと信じられませんが、ここに並んでいる「ドロバチのアオムシがり」のような生き物系の本も意外と読んでいました。
田舎で育ったせいでしょうか、女子とはいえ生き物などの自然科学系の分野、キライではなかったんです。カブトムシを捕まえに行ったりアリやテントウ虫やカワニナ(タニシのような貝)を捕ってきて飼ってたこともあったぐらいで。ただしそれも小学生までの話ですが(-.-;)

これ以外にもなかよし、りぼんなどの少女マンガをはじめ、本はたくさんありましたが、この写真を撮った時点ではさすがに処分されてしまっていました。


・・・うわ、今回は静かに終わるつもりだったのに、ついついいつものような語りになってしまってる

ここからは、フォトブックにはページ数の関係で入れられなかった写真をさらに少しだけ、懐かしい想い出話と一緒に紹介させてください♪



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玄関に置かれていた下駄と草履。
普段の生活の中で下駄や草履を履いていた家族は誰もいなかったにもかかわらず、なぜかこのように下駄と草履が常に玄関に出されたままの状態で置かれていました。



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ワタシが高校生の時まで乗っていた自転車。
この自転車の感じ、昭和っぽくて懐かしいですよね。今こうして見てみると。
ワタシが大阪に行ってからも、叔父夫婦はずっと捨てずにとっておいてくれました。



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お勝手というか土間にあった米びつ。
うちの台所はいわゆる昔ながらの土間、つまり土足で作業する場所でした。そしてごはんは、ちびまるこちゃんやサザエさん一家のように、お茶の間にあった飯台で食べていました。
昔はこういう米びつがあったおうち、多かったと思います

フォトブックの写真の中にある井戸同様、ワタシが子供の頃にはまだまだ生活の中で普通に使っていました。



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この写真の中には、個人的にも懐かしいモノがいっぱい詰まっています。
赤い茶ダンスもそうですが、その前にある石油ストーブ、手前の薄茶色のタンスといい・・・本当に懐かしい!

この形の石油ストーブって当時多かったと思うんですが、なかなか冬には重宝していて、この写真のように上にやかんを置いてお湯をわかしたりお餅を焼いたりもしていました。
きっと同じようなことされてたご家庭、多かったことでしょう

茶ダンスは叔父夫婦の家に引き取られて、現在でも使用されています。
普段遣いの食器もここに収納して使っていたんですよ。



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上が居間とその隣のお部屋の写真、そして下は、その居間にずっと飾られていたワタシが幼い頃のモノクロ写真です。モノクロというよりも、今ではセピア色になっていますが。
フォトブックの写真よりは、ちょっと女の子らしくなってからのもの、らしい(笑)

いとこが生まれてからは、この隣にいとこの写真が並べて飾られましたが、それよりも前には、振り子時計が掛けられていました。

床の間のお花が生けられている場所には、ワタシが住んでいた頃には、以前ブログにもupしたことのある可愛いフランス人形が飾られていました。



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この写真はアルバムにも入れた写真なんですが、今となってはこの陽の差す縁側が、本当に懐かしくてたまりません・・・
この外側の網戸やガラス戸には、夏になると雨蛙や蚊、家の中からもれる灯りにひきよせられるようにしてやってくるガなどがよく張り付いていました。
ここから眺める裏庭の景色が、大好きでした。



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うちのお風呂はヒノキ風呂でした。
途中から温水器になりましたが、ワタシが幼い頃はまだ薪をくべて沸かしていたんですよ。
玉石のタイルも懐かしい・・・



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2階部分の居間に置かれていた、人形の飾り棚と火鉢。 火鉢は、ワタシが物心ついた時にはもう使われていませんでした。

2階というのは、ワタシが幼い頃には一時期、親戚のおじいちゃんが居候していたり、叔父の仕事部屋があったり、はたまた、中にはヘビがおるから入ったらいけんで!と祖母から言われていた物置部屋のような部屋があったりと、子供だったワタシにとっては、同じ家でありながらまるで未知の空間のような匂いがありました。
なので、たまに2階に上がる時には、1階とは全然違う静かな空気感がものすごく新鮮に感じられたのを覚えています。


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その物置部屋の中にしまわれていたのは、夏が来るたびに活躍していた青い羽根の扇風機。


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裏庭で処分を待っていたこのテレビは、たぶんワタシが幼い頃見ていたテレビよりもさらに前の古いテレビ。


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庭ボウキで落ち葉を掃く時のがさがさという音、久しぶりに聞いてみたい・・・


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柿の木で1日中鳴いていたミンミンゼミ。 抜け殻もよく見かけたなあ・・・




今でも想い出すのは。

家の中をたまに吹き抜けて行く涼しい風。 風鈴の音。
玄関の前を流れる小さな溝川の水音。 セミの鳴き声。 蚊取り線香の匂い。
家の前の道を自転車で通り過ぎる、プール帰りの小学生。
祖母が打ち水をする音。
橙色の西日。 ゆらゆらと揺れる木漏れ陽。
テレビから聞こえて来る高校野球の球音と歓声・・・


今はもうない田舎の古い家は、いつまでもあの頃の夏休みのまんま、ワタシの心の中で生き続けています。






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[ 2012/08/09 13:54 ] ●レトロ旅 生家・生まれ故郷の風景 | TB(0) | CM(29)
プロフィール

MANASAVVY(マナサビイ)

Author:MANASAVVY(マナサビイ)
昭和40年代、岡山県生まれ。大阪在住。
昭和カルチャー以外にも、旅、写真、グルメ、 読書、映画、TV、野球観戦、超科学や超古代文明(ムー的なトピック)が好き。 ブログの内容からか男性と間違われる事が多々ありますが、女性です。
「佳後 マリ子」の名で、レトロ旅ライターとして取材・執筆活動を行っています。

写真と記事の無断転載を禁止します。
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